川の京都ガイドツアー・レポート第3回 京を潤す水の道
京都府内の川の魅力を発見する「川の京都ガイドツアー」。その第3回目は令和7年12月初旬、「京を潤す水の道~三井寺から蹴上へ、五感でたどる疏水紀行~」と題して、琵琶湖疏水をテーマに開催されました。その模様をお伝えします。
びわ湖疏水船 三井寺乗下船場。大津市の京阪石山坂本線・三井寺駅からすぐ。
明治23年(1890)に竣工された琵琶湖疏水は、長年、京都市民の暮らしを守り、産業や文化を支えてきました。長年途絶えていた舟運は、平成30年に観光船「びわ湖疏水船」として復活し、令和7年には琵琶湖疏水の諸施設が国宝・重要文化財に指定され、改めて注目されています。
今回の「川の京都ガイドツアー」は、大津から「びわ湖疏水船」に乗り、琵琶湖疏水の全容を体感し、その歴史と文化を学びます。
参加者は、びわ湖疏水船 三井寺乗下船場に集合。まず、琵琶湖疏水の誕生の背景についてまとめられた映像を視聴します。幕末の戦火と明治の奠都により衰退していた京都の街を復興すべく、第3代京都府知事の北垣国道が琵琶湖疏水を計画、工部大学校(東京大学工学部の前身の一つ)を卒業したばかりの田邉朔郎が設計監督に任命されます。明治16年(1883)のことです。弱冠21歳の田邉はアメリカなど海外へも視察に赴き、当初予定されていた水車による動力を水力発電へと変更するよう提案し、蹴上発電所を創設することになります。しかし、山を掘り進む工事は難航、様々な技術的な工夫をこらし、なんとか明治23年(1890)に琵琶湖疏水が完成。設計から施工まで、すべてを日本の技術で成し遂げた偉業であったといえます。こうした内容のわかりやすい動画を鑑賞してから、船へと向かいます。さあ、いよいよ出発です。
水路に停泊している船へ。乗り込む前から、みなさん撮影です。
船は周囲の景色が見渡せる開放的な構造。後半、解説をしていただく梅林さんも乗船。
びわ湖疏水船は大津・山科・蹴上の3つのエリア、約7.8kmの行程。船では専門のガイドの方がマイクを使い、楽しい話を交えながら説明して進んでいきます。
スタートしていきなり国宝の第1トンネルに入ります。全長2,444mだそうです。トンネルの中の方が少し暖かく感じられます。
「各トンネルの入口には扁額(へんがく)という石の額が掲げられています。いずれも明治を代表する政治家らが揮毫したもので、それぞれ意味が異なります。第1トンネル東口洞門の入口にあるものは、『気象萬千(きしょうばんせん)』と記され、あの伊藤博文による揮毫です。様々に変化する風光はすばらしいという意味ですね」とガイドさんが解説。
しばらく進むと、「今度はみなさん、真上にご注目ください。疏水を造り上げるのは大変な難工事だったそうですが、山の両側だけでなく山の上からも穴を掘って工期を早める、トンネル工事では日本初の竪坑(たてこう)方式が採用されました。その穴は今も残っていて、上から光が差し込んでいるのがわかると思います。さあ、みなさん、シャッターチャンスですよ!」
といわれた次の瞬間、第1竪坑の下を通り、確かに光が差し込む穴がちらりと見えました。スマホのシャッター音がトンネル内に鳴り響きます。トンネル内では、音は24秒くらい響くのだとか。ほんの一瞬の光景に、時を超えて過去の偉業が感じられました。
トンネルに入る前に、入口に記されている文字に注目。
なんとか少しだけとらえることができた第1竪坑。地上部直径5.5m、深さ47m。
約20分間をかけてゆっくりと第1トンネルを抜けると、穏やかな光景が広がります。時折水辺に羽ばたく野鳥はキセキレイ。12月上旬はまだ紅葉も残っていて、目にも優しい自然の美しさに癒されます。そしてまたトンネル。ゴールの蹴上までの間に、4つのトンネルを通過します。
全長124mの第2トンネルには、井上馨による揮毫の扁額「仁以山悦智為水歓」(じんはやまをもってよろこび、ちはみずのためによろこぶ)があります。動いている船からは、なかなか写真に収めにくいですが、ガイドさんの解説を聞いて学びます。「仁者は動かない山によろこび、智者は流れゆく水によろこぶ」という意味だとか。
真っ暗なトンネルから出る直前には、外の光景が水面にも映り込み、紅葉風景はまさに絵画のよう。疏水に沿った遊歩道では犬の散歩などをされている方も見受けられ、地元の日常も垣間見えます。
ガイドさんの楽しい解説とともに、ゆっくりと船は進んでいきます。
トンネルの出口が近づくと水面に景色が映り込み、絵画的な光景に。
トンネル内では、映像の投影もありました。これは南禅寺水路閣の昔の写真ですね。
1時間ほどで蹴上に到着。短いながらも、楽しく充実した船旅でした。
このあと、蹴上乗下船場からは梅林秀行さんがガイドを務めてくれました。京都ノートルダム女子大学非常勤講師で京都高低差崖会崖長の若梅林さんは、NHK「ブラタモリ」にも出演されていて、何げない地面の高低差など様々な視点から歴史や人の営みを読み解くプロです。
「ここからは周囲をよく観察しがら歩いて行きましょう。歴史的名所にはよく説明の立て看板がありますが、その解説は読まないでください。固定観念に縛られて見えるものも見えなくなってしまうことがありますから」と梅林さんはのっけから釘を刺します。疏水工事中に出てきたといわれる京都最古級の石仏を拝んで、出発です。
旧御所水道ポンプ室の前で下船。国指定重要文化財。
梅林秀行さんの“目からウロコ”な解説に、耳を傾けます。
まずは、蹴上インクラインに来ました。約36mの高低差を、台車に舟を乗せてケーブルカーのように運んだものです。春は桜の名所としても有名です。
「みなさん、足元のレール部分をよく見てください。レールが浮かないよう留める釘があるんですが、2種類あって形が違います。ひとつはイギリス式の犬釘、もうひとつはアメリカ式の亀釘です。さあ、探してみてください」
いきなり体験型のクイズ番組のよう。参加者のみなさん、がしゃがんでレール部分を見ていきます。
「あった? これ?」「えー? それ?」みなさん、小さな声をあげながら探します。後年、日本では亀釘が主流になったそうですが、有名なインクラインにまさかこんな謎があるとは。
「ここですね」梅林さんが正解を指し示します。
亀釘。
犬釘。
次は、疏水から南禅寺に向かいます。
「観光の方は通常、南禅寺の三門から入って水路閣へ向かわれますが、その上にのぼる人はほとんどいません。じつは水路閣はその名の通り水が流れていて、琵琶湖疏水の一部です。通常とは逆に水路閣を上から見られる場所へ参りましょう」
梅林さんのアテンドで、疏水の水の流れに沿って歩いて行きます。
「みなさん、よく考えてみてください。京都市街の鴨川など普通は北から南へ流れていますよね。この蹴上から南禅寺への水路は北上しています。おかしいと思いませんか。これは当時の設計者らが細かに地形を分析して、上手く水が流れるように造り込んだのです」
な、なるほど! 少しでも低いところを探してつくられたので蛇行しているんですね。梅林さんのおかげで凄い事実に気付きました。
梅林さんの解説を聞きながら、あちらこちらに目が行きます。
有名な南禅寺の水路閣ですが、その上を見たのは初めてという参加者がほとんど。
水路閣の下は記念撮影する観光客で賑わっていましたが、その横で貴重な解説。
南禅寺のあとは、すぐ近くにある『南禅寺八千代』へ。小川治兵衛による東山を借景とした青龍庭園があり、京料理と庭園を同時に堪能できる「料庭」です。こちらの庭の水も、疏水から引かれているそうです。こちらで和菓子と抹茶をいただきながら、梅林さんのお話を聞き、最後に庭にも出てさらに解説していただきました。
テレビ番組のように楽しくユニークな解説のすべてはここに書ききれませんが、参加者はみなさん、大変満足のご様子。午後1時のスタートでしたが、終了時には夜のとばりが降り始めていました。
『南禅寺八千代』の庭も、疏水の水を上手く取り込んでいます。
『南禅寺八千代』の庭に出て、水との歴史をしみじみ感じるみなさん。