福知山旅館ホテル組合
由良川の雄大な流れと福知山盆地の山々に囲まれた街、福知山。歴史あるスポットが点在します。また、北京都の玄関口として観光の拠点としても便利な位置にあり、毎年たくさんの人が訪れます。素朴な人情が今な...
由良川の雄大な流れと福知山盆地の山々に囲まれた街、福知山。歴史あるスポットが点在します。また、北京都の玄関口として観光の拠点としても便利な位置にあり、毎年たくさんの人が訪れます。素朴な人情が今な...
沖縄の紅型染と京友禅を融合させた染色工房です。一枚の白い生地から色彩豊かなきものや帯地になるまでの制作工程を現役職人の案内で手仕事を間近に見学できます。 【トートバッグ彩色体験】工房デザインによ...
100年の歴史ある京町家にて和の文化に触れませんか。茶道、華道、琴、おばんざいなど、多数の文化体験プログラムをご用意しております。
聖徳太子の孫である弓削王の時代に建てられたと伝えられるのみで、詳細は不明。本堂と収蔵庫だけの小さな寺だが、収蔵庫の増長天立像は平安時代のもので、重要文化財に指定されている。
竹製品、銘竹の販売。また、花かご作りの体験もある。所要時間/約1時間定員/2名~5名(要予約)※体験は1週間前までに要予約
嵯峨美術大学・嵯峨美術短期大学は、学芸員養成の場を兼ねて、博物館を開設している。同館では、学生の創造意欲を刺激するため、造形の美しさ面白さを旨とする展示や、京都という風土が産み育てた文化の紹介、...
つれづれ弁当が人気。
東福寺塔頭。本尊の不動明王は藤原道長が仏師康尚に作らせたもので木造坐像としては日本一の大きさを誇り重要文化財に指定されている。またモルガン財閥に嫁いだ芸妓モルガンお雪の墓があり「働く女性の守り本...
大野ダム湖畔の河川敷を利用したこの公園は、府内でも有数の桜の名所として、春は多くの花見客でにぎわう。昭和60年(1985)には町合併30周年を記念して、桜、モミジの植樹が行われた。4月はさくら祭...
職人がお客様の目の前で、季節の生菓子をおつくりするカウンター席。できたてをお抹茶とともに心ゆくままお召し上がりください。
〈レンタサイクル〉サイクルポートシステムのレンタサイクル。下記の市内8箇所のサイクルターミナルからもレンタルできる。 ・京都駅サイクルターミナル〒600-8235 京都市下京区油小路塩小路下る東...
自転車 66台※全長1.8m以下、車輪幅56mm以下https://www.kyotopublic.or.jp/parking/search/detail/a1f06282-d638-4c71-...
城陽産の新鮮で安全・安心な農畜産物を販売しています。木の温もりが感じられる店舗で地元の朝取り季節野菜・くだもの・たまご・ハチミツ・ジャム・梅干し・花・米などがあり、生産者と直接ふれ合える直売所です。
鴨谷は城陽市の東南部森林地帯を流れる青谷川支流の渓谷で訪れる人も少なく豊かな自然が残された秘境です。ここに「京都の自然200選」に選ばれた鴨谷の滝があり、近くには椎尾ノ滝もあります。
天神社は、「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)」に記載されている式内社(しきないしゃ)である。明応2年(1493)に社殿が造営され、宮寺・中性院がおかれていた。しかし中性院は、明治維新の...
無病息災にご利益のある、丈六の露天石仏の阿弥陀如来像。この大仏は、大正7年(1918)筒川製糸の従業員42名が、東京見物から帰った後、スペイン風邪(流行性感冒)にかかり亡くなった霊を慰めるために...
1341年創建。足利尊氏が後醍醐天皇追善のため開山に三光国師(弧峰覚明禅師)を招き建てた。 春は桜、秋は紅葉が美しい。
摩気神社の創始は古く、延喜式に列する名神大社。承暦3年(1079)には白河天皇の行幸があり、「船井第一摩気神社」の勅額を賜った。江戸期は、園部藩主小出氏の祈願所にもなった。社殿は全て江戸時代以降...
重要伝統的建造物群保存地区の選定を受けている美山町北の「かやぶきの里」にあるちいさな美術館。地元在住の藍染作家新道弘之氏が自宅を開放し、世界各地から収集した藍染コレクションを展示している。この建...
〈品種〉アマゴ、アユ
弥生時代から古墳時代にかけて交易で栄えた丹後「丹後王国」をキーワードに考古資料を中心に展示している。赤坂今井墳墓の頭飾りや、網野銚子山古墳の丹後型円筒埴輪は必見。
碇高原牧場が一望でき、海の見える絶好のロケーションで丸い屋根をしたヨーロッパのリゾート風レストラン。
標高661m、頂上へ続く1,010段を登り切るのが、磯砂山登山の醍醐味。羽衣伝説の舞台となった山で、2つの登山コースがある。途中、天女が水浴びをしたと伝えられる「女池」が、また山頂には「天女のモ...
丹後ちりめんが、今日のように独特のしぼを持ち、しなやかな風合いと光沢をもつ織物になったのは、今から約300年前の享保5年(1720)峰山の絹屋佐平治(のちに森田治郎兵衛と改名)が京都西陣の機屋へ...