滝のツバキ公園
推定樹齢1,000年を越える大椿で、濃紫紅色の可憐な花がうめつくす姿は壮観。奥深い谷にある、樹高9.7m、枝張り計10.0m、幹周3.26mもある巨木。この大椿はヤブツバキ科の「ヤブツバキ」で同...
推定樹齢1,000年を越える大椿で、濃紫紅色の可憐な花がうめつくす姿は壮観。奥深い谷にある、樹高9.7m、枝張り計10.0m、幹周3.26mもある巨木。この大椿はヤブツバキ科の「ヤブツバキ」で同...
東福寺の塔頭・天得院では6月下旬~7月中旬と11月中旬~12月初旬に特別拝観を実施。本堂前には一面の苔庭が広がりそこに6月~7月は桔梗、11月~12月は紅葉を愛でることが出来ます。苔の緑と花々木...
宿坊は現在休業中。
着物観光レンタル、ロケーションフォト京都の中心地にあり、観光スポットへのアクセス抜群です。人気のレース着物やお洒落なデニム着物、夏は様々な種類の浴衣を取り揃えております。中国語、英語対応も可能で...
すす竹(建材として天井裏などに使われた竹は、囲炉裏やかまどの煙でいぶされ丈夫になったもので、150年程の年月がかけられている)を使って作られた箸で、箸先にも工夫がほどこされ使い易く、材料が丈夫な...
天文20年(1551)、僧・祐道の開基と伝えられる。境内には、重要文化財の阿弥陀如来及び両脇侍座像三尊仏が安置されている。また、本堂も丹波路では類を見ない立派なもので、江戸末期から明治にかけて建...
パラグライダー未経験者でも、操縦は全てプロのインストラクターに任せるタンデムフライトコースがあり、手軽に空中散歩が楽しめる。その他、チャレンジコース、入門コース等有り。
料理自慢の風格ある日本の宿。創業は享保年間。丹後宮津に残る老舗の宿として、その建築美とともに多くの方々に愛されている。数寄屋造り、茶室造り、書院造りと客室それぞれに異なった風情と趣をこらしたゆと...
〈主な施設〉クラブハウス、ボートヤード90隻、艇庫、スロープ 幅20m、揚降機 軌道式電動ウィンチ(揚降能力10t)、桟橋 固定桟橋貸出艇(ディンギー)1人乗り30隻、2人乗り5隻、6人乗り2隻...
特別名勝「天橋立」を北側から望む温泉。 【泉質】アルカリ性単純高温泉【適応症】神経痛、疲労回復など
創建年月など不詳だが、かつて神功皇后が三韓遠征の際、神社背後の山に酒壺を三個安置して出立、帰国後その霊験に感謝して建てられたとも。境内は広く「山城綴喜郡誌」によると古来、社僧らが奉仕し斎主神とし...
無病息災にご利益のある、丈六の露天石仏の阿弥陀如来像。この大仏は、大正7年(1918)筒川製糸の従業員42名が、東京見物から帰った後、スペイン風邪(流行性感冒)にかかり亡くなった霊を慰めるために...
明治4年(1871)創業。平成8年(1996)から地元丹後でとれた好適米だけを使用し、社長自らが杜氏というこだわりの”丹後づくし”の酒。 代表銘柄「丹後王国」〈精米歩合〉60%〈主な使用米〉百万...
平成12年(2000)5月の火災で母屋と納屋が焼失したが平成14年(2002)秋に再建・復元された。約200年前の中層農家住宅の形を残した建物で、主屋を中心に納屋、倉の3棟で家を構えている。展示...
丹後半島を南北に縦断する約50kmの林道、この道が丹後縦貫林道で代表的な景勝地を総ざらいできる。天橋立を横一字に見、スイス村、碇高原総合牧場へと続く。楽しみながら丹後を一度に見て回れるドライブコース。
国道163号を木津川にそって登っていくと、和同開珎の鋳造跡がある。和同開珎は我が国の古い貨幣として知られ、直径25ミリ、和・同・開・珎の4文字が刻まれている。
地元農家が自家栽培の野菜を持ち寄り開催している朝市・夕市。売り切れ次第終了のため、開始時間に合わせて行くのがおすすめ。 ※朝市・夕市への車でのご来場は御遠慮いただきますようお願いいたします。〈勝...
加悦駅舎は大正15年(1926)の私鉄加悦鉄道の開通とともに建てられたもので、与謝野町の近代を代表する建物。 地元民の足として、また丹後ちりめんや大江山ニッケル鉱山の鉱石の輸送に活躍した加悦鉄道...
地域のために奮闘した豪商の屋敷。 中世の武士に始まり、幕末にはちりめん商として財を成し、ひと時代を築いた旧尾藤家。丹後大震災で多大な被害を受けた町の復興に貢献した。 住宅は江戸時代末期築の広大な...
70隻ものカヌーを保有する日本最大のカヌースクール。主に初心者を対象としており、そのため流れの穏やかな木津川中流をゲレンデとし、初心者クラスでも基礎練習の後、実際に川に6km下る体験ができる。
「暮らすように旅する」をコンセプトとし、伊根地区の伝統的な建物形式を残した古民家を活用した一棟貸しの宿泊施設です。 一棟まるごと一日一組が滞在利用できる施設として、主に滞在型の個人旅行者の利用を...
“さしていく笠置の山をいでしより 天が下にはかくれがもなし”(太平記)武家政治を打破し、天皇政治をとり戻す策略が発覚した後醍醐天皇が、逃れようとする途中に大きな松の下で休まれ、そのときに詠じられ...
水害と水防の歴史を語り継ぎ、これからの治水・防災のあり方を共に考え行動していくための施設。建物は、水害に対応した特徴的な構造を持つ町家(明治13年(1880)築)で、建築当初の外観や間取りを維持...
桂昌院ゆかりの品々をはじめ、開山より伝わる貴重な什物を公開。