玉水駅前休憩所「さくら」
井手町の玄関口、JR奈良線玉水駅前の喫茶休憩所。日替り定食(600円)を店内で食べられるほか、お持ち帰り弁当(当日午前10時までに要予約)を購入することができます。
井手町の玄関口、JR奈良線玉水駅前の喫茶休憩所。日替り定食(600円)を店内で食べられるほか、お持ち帰り弁当(当日午前10時までに要予約)を購入することができます。
京田辺市の特産品で日本茶の最高峰「玉露」の淹れ方を体験できる施設です。お茶は嗜好品ですので美味しいと感じる基準は人それぞれです。美味しいお茶の淹れ方を見つけるためにはお茶の持つ特徴をよく知り、お...
西国薬師霊場第30番札所。用明天皇の第3皇子で聖徳太子の異母弟麻呂子親王の開基と伝え、鬼退治の伝説を伴う。宝物殿には国内最大級の仁王像の他、多くの文化財を収蔵している。
青葉山麓の緑豊かな山々を背にログハウス、キャンプ場、パターゴルフ場、陶芸館など青空の下で楽しめるレクリエーション設備が充実。豊かな自然を身近に体験できる自然学習館もある。定員/ログハウス 20名...
江戸時代に、代々幕府領の庄屋を務めた伊佐家の住居で、重要文化財に指定されている。享保19年(1734)に再建された主屋は、茅屋の厚さが特徴的でかつてあった巨椋池の茅で葺かれ、赤い壁は、今は入手で...
〈品種〉アユ ・アマゴ・ハエ・フナアユ解禁日 竿 6月第3日曜日 午前4時~ 網 8月11日(祝) 正午~アマゴ解禁日 3月1日 午前4時~
ハムやベーコン・ソーセージの原料である鹿肉・豚肉・地鶏・京野菜などや燻製材料の木炭などは、ほとんどを美山町とその近隣のものを使い、子供の方から、お年寄りまで誰でも安心してお召し上がり頂けるために...
土産物、飲食店、ちりめん小物の手づくり工房も併設。レンタサイクル(台数大人用、子供用含め43台)
古代最大の内乱「壬申の乱」直前、大津京を脱出した大海人皇子(後の天武天皇)は、吉野への道中に立ち寄った里で供された煮栗焼栗を埋めて戦勝祈願をした。やがて栗は芽生えて栗林となり、収穫された栗は宮中...
京都らしい手仕事の技で作られたきもの、帯の制作・小売。コーディネイトの相談や、アフターケア、メンテナンスの相談などお気軽にどうぞ。家族経営のアットホームなお店です。
天王山山麓にあるアサヒグループ大山崎山荘美術館から天王山山頂に至る間に秀吉の出世物語を日本画で描き、それを陶板に焼きつけたものが6ヶ所間隔を置いて設置されている。秀吉の中国大返しや山崎合戦、光秀...
若狭湾が目の前に広がる青い海と空、白い砂浜が美しい海水浴場。全長約1kmのロングビーチで、家族連れから若いグループまで多くの人で賑わう。海を見渡して入れる温泉宿も多い。シャワー、更衣室あり。 海...
みんなで力を合わせて地引き網を引いて漁を体験。捕れた魚はおみやげに持ち帰ることが出来る。所要時間/約1時間
台座を含むと高さ5.3mの府下で有数の石の立像で、江戸時代後期に建立された。右の頬にあざのような染みがあることから「アザ取り地蔵」とも呼ばれて親しまれている。冬になると、信仰する人々の手によって...
鎌倉時代を中心に繁栄した寺院跡で、山頂には丹後地方では最大の「宝篋印塔(ほうきょういんとう)」がある。ツツジの名所でもあり、現在では山全体が公園となっている。
この付近一帯、山すそから頂上まで植え込まれた杉は吉野にも優るといわれている。目の前に杉林が広がるこの雄大な風景は幽寂そのもの。府の展示林もあり代表的植林地帯となっている。
天正7年(1579)明智光秀により築城された。この辺は縄野と呼ばれていたが、光秀は自らを周の武王になぞらえて周山と改めたといわれている。現在は本丸跡の石垣、かじや丸、馬かけ場など15の遺構が残る...
嵯峨美術大学・嵯峨美術短期大学は、学芸員養成の場を兼ねて、博物館を開設している。同館では、学生の創造意欲を刺激するため、造形の美しさ面白さを旨とする展示や、京都という風土が産み育てた文化の紹介、...
寛政元年(1789)創業。都錦味淋漬(なら漬)の製造販売の専門店。元々は、この場所で味淋醸造を本業としていたが、味淋醸造は戦前までで止め、約2年間の歳月と手間をかけ、味淋特有のうま味とコクのある...
北桑十景のひとつに数えられている景勝地。大小さまざまな奇岩や巨石に波しぶきをたたきつけ流れる清流と、春は一面の緑とツツジ、シャクナゲ、秋は紅葉と、四季を通じて人々の心をなごませ、自然の雄大さを楽...
オムロンでは、潜在するニーズを感知し、社会課題を解決する技術・製品・サービスを世に先駆けて開発、提供していくことを「ソーシャルニーズの創造」と称し、創業以来、当社のDNAとして受け継いできました...
与謝野晶子・鉄幹夫妻ゆかりの宿「対橋楼」の一室に設けられたミニギャラリーで、夫妻の作品等を展示し、一般に公開している。与謝野晶子は昭和5年と昭和15年に対橋楼を訪れ、かけ軸など多くの作品を残しました。
建築年代など不詳。記録によれば、中世に天満宮と称した時期もあったが、明治6年(1873)村社となり、明治10年(1877)に延喜式内咋岡神社と決定、今の社名にあらためたという。境内の巨木・スダジ...
南丹市日吉町の中央部にあり、慶雲年間(704~708)の創始と伝えられている。現在の本殿は、宝暦5年(1755)の二間社流造りの建物で、丹波地方最大級の規模を誇っている。また、国の無形民俗文化財...