ちりめん街道
ちりめん街道は、与謝野町加悦伝統的建造物群保存地区の愛称。 江戸から昭和初期に建てられた住宅や土蔵、縮緬工場、職工宿などが一体となって現存する。歴史的風致をよく伝える製織町の町並み。
ちりめん街道は、与謝野町加悦伝統的建造物群保存地区の愛称。 江戸から昭和初期に建てられた住宅や土蔵、縮緬工場、職工宿などが一体となって現存する。歴史的風致をよく伝える製織町の町並み。
奈良時代に行基が創建、のち長徳年中(995~999)に皇慶上人が中興したと伝えられる。本尊は丹後地方最大の丈六仏で、そのおだやかな表情、ふくよかな体つき、やわらかな衣のラインは定朝式を伝える美し...
森鴎外の「山椒大夫」で有名な安寿姫と厨子王丸の悲しい物語の舞台となった舞鶴。三庄(山椒)太夫のもとから逃げ出そうとした安寿姫は、非業の最期をとげたが、土地の人々によって手厚く葬られ、今もその塚が...
舞鶴港の北東、若狭湾に浮かぶ無人島。オオミズナギドリの繁殖地となっており、毎年3月~11月まで20万羽が生息している。冠島は、国指定天然記念物に指定されている。
東舞鶴と西舞鶴の中間にある五老ヶ岳。標高301.2mの展望タワーからは、複雑に入り組んだリアス式海岸と点在する島々からなる近畿百景一位の舞鶴湾を一望できる。眺望を楽しみながら喫茶軽食がとれるカフ...
田辺城の資料を収集・展示している資料(田辺城門2階)館。戦国の武将、細川幽斎が築いた田辺城は優美な姿から舞鶴(ぶかく)城とも呼ばれた。江戸時代の田辺藩主牧野家ゆかりの甲冑などは必見です。
旧海軍の様々な記念品や資料などを展示。明治34(1901)年東郷平八郎を初代司令官として鎮守府が設置された軍港・舞鶴にちなんで設立された記念館。日本遺産構成文化財です。
森林浴やバードウォッチングなどが楽しめる森林公園。シデの大木がある「巨木の森」、カエデやサクラの木が多く植えられた「花と紅葉の森」など11のゾーンからなり、ベンチ、テーブル、案内板等も整備されて...
戦国時代に細川幽斎・忠興親子が築いた田辺城趾に整備された史跡公園。当時の天守石垣や本丸石垣が残る。また園内には、細川幽斎をはじめとする歴代城主や田辺城の歴史を紹介した資料館がある。
普通車91台(内、身障2台)
70台(うち軽自動車6台、身障1台)
101台
普通車123台
赤れんがパーク2号棟2階に事務局を置いている。
舞鶴赤れんがパークの赤れんが倉庫群の内の1棟で、明治35(1902)年に旧舞鶴海軍兵器廠弾丸庫並小銃庫として建造され、戦後は民間の倉庫として使用されていましたが、平成19年(2007)4月に舞鶴...
2号棟(舞鶴市政記念館) 縄文から現代に至る舞鶴のあゆみを紹介するコーナーや喫茶コーナー、レンタサイクルがある。3号棟(まいづる智恵蔵) 土産物販売コーナーなどがある。4...
舞鶴鎮守府初代司令官長であった東郷平八郎が、明治34(1901)年開庁以来2年間を過ごした官邸。木造平屋建で一部洋館となっており、裏庭には長官が「一心池」と命名した心の字の形をした池がある。&n...
与謝蕪村ゆかりの寺。蕪村が滞在時に描いた「方士求不死薬図六曲屏風」がある。麻呂子親王が創建したと伝えられており、本尊は薬師如来立像(町指定文化財)で親王の作。天皇の命をうけて大江山の鬼退治に向か...
平安時代中期の創建と伝えられており、現在の社殿は天保5年(1834)再建の神明造り。祭神は誉田別命(応神天皇)と、息長足姫命を祭り、非公開だが平安時代の木造女神座像2体(重文)が残っている。
中世の戦乱を象徴する山城遺構で、平野部を阿蘇海に向けて突き出た標高50mの丘陵上にある。この城は、丹後一色氏の没落の際、最後の攻防がくり広げられた場所で、戦国時代の丹後における代表的な山城のひとつ。
ご本尊が釈迦如来の寺。室町時代に覚陰真如和尚によって創建された臨済宗の寺院。寺宝の銅鐸は、比丘尼山頂から出土した、高さ107cmの立派なもので、表面は袈裟だすきが刻まれている。弥生時代後期の作で...
鬼退治伝説で有名な「大江山」の中腹にあり、ハイキングコースの好適地にある自然公園。
鬼退治伝説で有名な「大江山」の登り口にある気軽な宿泊施設。ボリュームたっぷりの季節の料理が楽しめる。また、研修棟もあり合宿や研修会にも対応可能。定員/60名
豊中市の故・里見恭一郎(俳号玉兎)先生から寄贈を受けた高浜虚子や山口誓子など著名人の作品等を展示。また、与謝蕪村・与謝野礼巌・鉄幹・晶子のゆかりの地でもあり、その作品をはじめとする短歌と俳句の里...