智積院会館
1966年より約50年にわたり皆さまに愛された智積院会館は全面建て替えにより2020年(令和2年)9月装いも新たに生まれ変わりました。新しくなった智積院会館へどうぞお越しください。
1966年より約50年にわたり皆さまに愛された智積院会館は全面建て替えにより2020年(令和2年)9月装いも新たに生まれ変わりました。新しくなった智積院会館へどうぞお越しください。
青蓮院は天台宗の京都五箇室門跡寺院の一つで、天明8年(1788)の大火により御所が炎上した際、後桜町上皇は御所として青蓮院に避難されたことから粟田御所ともよばれている。比叡山の東塔の青蓮坊が寺の...
〈京セラギャラリー〉本社ビル1階ピカソ銅版画347シリーズ、日本画、彫刻、中国の幹隆ガラスなどの収蔵品を展示するほか、年に1~2回、特別展などの企画展を開催。 〈京セラファインセラミック館〉本社...
幕末期の町家をそのまま茶房として使用し、落ち着いた雰囲気の中でお茶と和菓子をいただける。お茶と和菓子は1人づつお盆で、希望により自分でお茶を点てることもできる。また、職人の指導による和菓子作りも...
疫病鎮めの信仰が厚い神社。楼門をくぐり境内へ進むと拝殿が建ち、その奥に本社、摂社疫社、西側には西陣織の業祖神である織姫社や稲荷社などの末社が祀られている。毎年4月(第2日曜日)に行われている「や...
創建当初は仙遊寺と称していたが、建保6年(1218)、伽藍が建立されてからは境内の涌き水にちなんで泉涌寺と改められた。その後間もなく四条天皇の月輪陵が造営され、以来、皇室ゆかりの寺「御寺」として...
南禅寺塔頭。応永年間(1394~1428)に北山に創建された寺を徳川家康の政治顧問以心崇伝が移築されたもの。「鶴亀の庭」とよばれる方丈前庭庭園は、江戸時代初期の代表的な枯山水庭園で知られ、中央に...
久美浜湾と日本海を分ける約6kmの砂州は、天橋立に似ていることから小天橋と呼ばれており、小天橋・葛野浜・蒲井浜・箱石浜の海水浴場がある。白砂青松のロングビーチには貴重なトウテイランをはじめ、海浜...
〈長岡京市観光案内所(阪急京都線長岡天神駅西口)〉電話番号 075-951-4500〈長岡京市観光情報センター(JR長岡京駅前、長岡京市総合交流センターバンビオ1号館2階)〉電話番号 075-9...
浄土宗の総本山。承安5年(1175)に浄土宗を開いた法然上人が吉水の草庵を結んだ念仏発祥の地。その後、徳川家康によって寺域が広げられた。古門の参道沿いには多くの塔頭が並ぶ。壮大な境内には国宝御影...
圓光寺は、徳川家康が国内教学の発展を図るため足利学校第9代学頭・三要元佶を招き、伏見に学校と木製活字を与え書籍を刊行した。現存する活字では日本最古のものであり、重文に指定されている。また、本堂前...
京田辺市観光案内所では、京田辺市内の観光案内のほか、京田辺玉露の淹れ方体験や抹茶の点て方体験をご予約無しでどなたでも気軽に体験することができます。また、京田辺市の特産品『京田辺ブランド一休品』を...
〈坐禅会〉坐禅・法話(要予約)〈写経会〉毎月18日(5/18は休み)
令和2年10月1日にリニューアルオープン。京都府北部で初となる日本陸上競技連盟公認第3種陸上競技場として本格的な陸上競技場をもつスポーツレクリエーション公園。400mトラックをメインとした陸上競...
平安時代に編纂された延喜式神明帳に載っており、乙訓地方で最も古い神社のひとつ。天正10年(1582)6月に起こった山崎合戦に際し、羽柴(豊臣)秀吉は家臣の片桐祐作を本社に遣わし戦勝祈願をしたとい...
二尊院の北、化野はその昔、京の墓地だった。無名の人々の亡骸が風葬されたこの地に弘法大師は五智山如来寺を建立し、これが念仏寺の起こりとなった。その後、法然上人が念仏道場としたことから念仏寺と呼ばれ...
上賀茂名物の焼き餅。つぶあんを餅で包み、両面をこんがりと焼いたもの。
敷地面積・延床面積 約1,843平方メートル・約8,200平方メートル・客室数 102室(内、源泉かけ流し風呂付特別室3室有り)・カフェレストラン 1ヶ所・Bar 1ヶ所・洋宴会場(348平方メ...
東海道五十三次の西の起点。現在の橋は、天正18年(1590)に豊臣秀吉の命で改築された木橋の面影を残しており、高欄の擬宝珠14個はその当時のもの。橋の全長は74m。橋上からは比叡山、北山、東山な...
保延3年(1137)、鳥羽上皇が鳥羽離宮の東殿を仏寺に改めてできた。境内には藤原時代の三尊石仏や五輪石塔など、また付近には近衛天皇陵や鳥羽天皇陵など鳥羽離宮ゆかりのものが数多く残されている。
天橋立駅正面にあり、丹後ちりめん小物、宮津焼など郷土色豊かな商品を扱う土産物店。「智恵くらべ」は同じく駅正面の「松和物産」の支店となっており、土産物販売のほか、レンタサイクル(20台)や、手荷物...
和銅2年(709)に建てられた神社で、鍬山大明神とも矢田神社とも呼ばれている。昔このあたり一帯が泥湖であったのを、祭神の大己貴命が鍬で請田峡を切り開いて水を流し耕作田として民に穫りをあたえた。そ...
無鄰菴は、明治27年~29年(1894~1896)に明治・大正の元老・山縣有朋が京都に造営した別荘である。その大半を占める庭園(面積約3,135平方メートル)は、有朋自らの設計・監督により、造園...
高瀬川は、慶長年間、当時の豪商・角倉了以が物資輸送のために鴨川の水を引いて開いた運河。この川で用いる舟を高瀬舟といった。二条から五条にかけて7つの船入り(荷物の積みおろしをするための船だまり)が...