小町塚
世界三大美女の一人として、またせつない女心を詠んだ歌人として知られる小野小町。生まれた年も、死亡した場所も謎に包まれているが、晩年は井堤寺に住んでいたと伝わる。玉津岡神社の参道べりには、自然石を...
世界三大美女の一人として、またせつない女心を詠んだ歌人として知られる小野小町。生まれた年も、死亡した場所も謎に包まれているが、晩年は井堤寺に住んでいたと伝わる。玉津岡神社の参道べりには、自然石を...
史跡めぐりモデルコース(標準)JR奈良線城陽駅東口→久世神社→正道官衙遺跡→芝ヶ原古墳群→丸塚古墳→久津川車塚古墳→平川廃寺跡→久世廃寺跡→JR奈良線城陽駅(所要時間/2時間30分~3時間)もう...
日本三景「天橋立」を見下ろす緑に包まれた高台に佇み、シティ感覚とリゾートテイストが穏やかに調和した欧風リゾートホテル。おもてなしのはじまりは、優雅に天橋立駅まで英国製のリムジンが出迎えてくれる。...
標高917mの頂上からは、遠く日本海が望め、丹波地域では最も高い山。また、この一帯は、高山植物の宝庫と言われ、4月から5月にかけてシャクナゲやイワカガミなど色とりどりの花が咲き乱れる。ハイキング...
土産物、飲食店、ちりめん小物の手づくり工房も併設。レンタサイクル(台数大人用、子供用含め43台)
明治の典型的な京都の町家を今に残し、月替わりの京懐石を提供している。京の台所「錦市場」が目の前にあり、また明石や日本海からの「かつぎ」の鮮魚や京野菜を使い主人自らが包丁を握る。御幸町通の母屋は平...
台座を含むと高さ5.3mの府下で有数の石の立像で、江戸時代後期に建立された。右の頬にあざのような染みがあることから「アザ取り地蔵」とも呼ばれて親しまれている。冬になると、信仰する人々の手によって...
濃厚な卵と牧場の原乳が素材の手作りプリンや、美山牛乳ジェラートが人気。シフォンケーキや美山スムージーもぜひ!
明治元年(1868)、鳥羽・伏見の戦いで、西園寺公望公の「王政復古反対派の軍勢を攻めよ」との命令に応えて、山国村の農民83名が武装蜂起した。翌年、征東軍の一隊として山国隊を結成。大総督有栖川宮の...
春(3/1~5/30) 古渡更紗展夏(6/1~8/30) 竹屋町展秋(9/1~11/29) 名物裂展冬(12/1~2/27) 珍しい染織展
標高661m、頂上へ続く1,010段を登り切るのが、磯砂山登山の醍醐味。羽衣伝説の舞台となった山で、2つの登山コースがある。途中、天女が水浴びをしたと伝えられる「女池」が、また山頂には「天女のモ...
水琴窟(山門を入り左側、水子地蔵横)があることで有名な寺院。
境内にある十三重石塔は、重要文化財に指定。台石に建治3年(1277)10月3日の刻銘があり、屋根の一部に欠損した部分があるほかは造立当初の姿をよく残している。
平安時代末の「平治の乱」で源氏に敗れた藤原信西が、領地のある宇治田原に逃れたところを捕らえられ斬首され、その首を持ち帰った領民により葬られたという塚。向かいの大道神社とともに、秋には町内の紅葉の...
大宮神社宝筐印塔と同じタイプで鎌倉時代の塔。南区の旧「切林村」に位置し、和束町から伊賀方面へ向かう街道横にある。ここで旅人がわらじの緒を締め直し旅立ったことから地元では「わらじの神様」と呼ばれて...
江戸時代を代表する俳人のひとり「与謝蕪村」は、晩年に宇治田原の門人の招きで来訪し、松茸狩りなどを楽しみ紀行文「宇治行」を記した。そのときの礼状に記された句を刻んだ句碑が郷之口の「妙楽寺」にあり、...
70隻ものカヌーを保有する日本最大のカヌースクール。主に初心者を対象としており、そのため流れの穏やかな木津川中流をゲレンデとし、初心者クラスでも基礎練習の後、実際に川に6km下る体験ができる。
オルゴール文化と「からくり」が体感できるコレクションギャラリー
豊中市の故・里見恭一郎(俳号玉兎)先生から寄贈を受けた高浜虚子や山口誓子など著名人の作品等を展示。また、与謝蕪村・与謝野礼巌・鉄幹・晶子のゆかりの地でもあり、その作品をはじめとする短歌と俳句の里...
環境省指定 国民保養温泉地「久美の浜温泉郷」久美浜湾に面した美しい岬に位置する露天風呂です。 〈宿泊施設〉碧翠御苑(TEL.0772-83-0355)潮香の宿坂本屋(TEL.0772-83-00...
烏丸錦のシェモアが、御幸町御池の細い路地奥の町家へ移転。テラスからの日差しも心地よく、シェフとマダム2人がもてなす小さなフランス料理のお店。(座席数14席)
木津川を望む丘陵上に営まれた縄文時代後期から古墳時代にかけての集落遺跡。縄文時代の竪穴式住居など一部を復元し史跡公園として楽しめる。
織田信長が明智光秀に討たれた「本能寺の変」が勃発し、堺にいた徳川家康は領国三河へ逃亡。道中、郷之口の山口氏の居城で休憩し、奥山田を経て信楽・伊賀へ逃れた。現在は茶畑等になっているが、堀や石垣跡な...
現在の緑茶の礎となる「青製煎茶製法」を開発・普及させた永谷宗円は昭和29年(1954)、大神宮神社に「茶宗明神」として合祀された。「焙炉」跡が保存されている「永谷宗円生家」に隣接。春と秋に大祭が...