黄檗山萬福寺
禅宗「黄檗宗」の大本山。江戸初期に渡来した中国僧隠元によって寛文元年(1661)に開創。境内には中国式の巨大な伽藍が建ち並び、異国情緒にあふれている。中国風精進料理「普茶(ふちゃ)料理」や唐韻で...
禅宗「黄檗宗」の大本山。江戸初期に渡来した中国僧隠元によって寛文元年(1661)に開創。境内には中国式の巨大な伽藍が建ち並び、異国情緒にあふれている。中国風精進料理「普茶(ふちゃ)料理」や唐韻で...
泉涌寺の塔頭の一つである雲龍院では、庭を眺めながらお抹茶が賞味できる。(点(たて)出し) 〈写経〉一般対象 随時実施(27日以外)10時~15時受付。お清め~写経~抹茶・お菓子で約1時間半。写経...
現存する神社建築では最古という本殿(国宝)は平安時代の建築で、一間社流造りの三殿からなり、左右の社殿が大きく中央の社殿が小さい。拝殿(国宝)は、宇治離宮の遺構といわれる寝殿造り風の住宅建築。もと...
宝が池公園の東の端にある子どもの楽園には大広場や遊具のほか、森などを活用した自然あそびが体験できる「プレーパークゾーン」や、木工・竹細工などを楽しめる「ものづくりハウス」がある。(開催日は要確認...
お線香の製造工程の見学。伝統の技に最新の技術を融合させた香場を紹介する。 所要時間/約60分定員/最大収容数 約30名(希望日の1ヶ月前までに電話にて要予約)※問い合せ先 TEL.075-212...
賀茂川と高野川の合流点の北、下鴨神社と河合神社を含む南北約1キロの社叢。平安遷都以前の植生が残されている。散策路として市民の憩いの場となっており、とくに桜と新緑のころは森や川岸に遊ぶ人を多く見か...
大山崎町の歴史を考古資料や、パネル、文書、絵図等多彩な展示物で紹介している。常設展示は、古代、中世、近世の各コーナーに分れ、古代では交通の要衝としての町の繁栄、中世では油生産と神人の活躍、近世で...
大自然がパノラマ式に展望できる由良川左岸に位置し、本町の風土で培われた特産物や農産加工品を提供。わち山野草の森まで徒歩5分程度。道路情報センター、フードコート、鮎ガーデンなども併設。
1927年、近代建築の巨匠・武田五一の設計により誕生した島津製作所旧本社ビル。京都の中心地で長い歴史を刻んできたこの名建築は、現在、レストラン、ウェディング、宴会(パーティー・イベント会場)とし...
京都でかわいい着物・浴衣レンタルするなら京都着物レンタル和楽がおすすめ。京都観光では誰しもが訪れる人気エリアの祇園店・清水店・嵐山店・京都駅前で4店舗運営。人気のレース着物やレトロ・アンティーク...
京都城陽温泉より連日運ぶ天然温泉露天風呂や日替わり湯、サウナを含めて11種類(男性は9種類のみ)のお風呂があります。女性のみ、シルク風呂と塩サウナ、岩盤浴(別料金)があります。サウナは関西最大級...
京を見守る東山三景を背に古き歴史につつまれた静かな佇まい。くつろぎのお部屋があなたをお待ちしています。玄関から一歩ふみ出せば、そこは情緒あふれる京の街並み。「清水坂」に面しており、東山観光に最適です。
創業は安政年間で、150年以上の歴史をもつ。天龍寺をはじめ、各本山やこの界隈の湯豆腐屋の大半がここの豆腐を使っているそうです。嵯峨豆腐は、柔らかいがコシが強くなめらかで、先代が、戦後まで木綿しか...
世界遺産である天龍寺の庭園内にある龍門亭にて、篩月謹製の厳選された新鮮な四季折々の素材を使った精進料理が味わえる。
天龍寺塔頭の一つ妙智院の書院を座敷として使っている。嵯峨豆腐の老舗「森嘉」の豆腐を使った湯豆腐の定食が賞味できる。
角屋は揚屋建築唯一の遺構で、京の六大花街の中で最も古い歴史をもつ島原にあって、江戸文化の華やかさを今に伝えている。(重要文化財)美術館では与謝蕪村のふすま絵などの美術品を随時展示、公開している。...
正しくは、木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)といい、本殿東側に摂社の養蚕神社(こかいじんじゃ)があることから通称「蚕の社(かいこのやしろ)」とよばれており、渡来人の秦氏が...
嵐山の山腹に立つ真言宗の寺。十三まいりの虚空蔵さんとして有名で3月13日から5月13日まで数え年13歳になった男子と女子が福徳と智恵を授かるために参詣する。参詣後渡月橋を渡り切るまでに後ろを振り...
貞観元年(859)男山に勧請された。国家鎮護の社として皇室から厚い崇敬を受け、源氏の信仰も厚く、源義家が神前で元服して八幡太郎義家と名乗った話は有名。その事も要因となり分社は全国に及ぶ。現社殿は...
酒の史料館。京都伏見の歴史と酒文化、この地の酒造りの発展を牽引してきた月桂冠のスピリットを感じることができる。見学後には、季節ごとに揃えたさまざまな日本酒のきき酒も。伏見城外堀だった宇治川派流に...
二尊院の北、化野はその昔、京の墓地だった。無名の人々の亡骸が風葬されたこの地に弘法大師は五智山如来寺を建立し、これが念仏寺の起こりとなった。その後、法然上人が念仏道場としたことから念仏寺と呼ばれ...