当尾周辺
浄瑠璃寺~岩船寺の道沿いに、わらい仏(岩船阿弥陀三尊磨崖仏)、(一願不動立像/不動明王立像)などの石仏や石塔があちこちに点在している。約2km、1時間弱の距離。
浄瑠璃寺~岩船寺の道沿いに、わらい仏(岩船阿弥陀三尊磨崖仏)、(一願不動立像/不動明王立像)などの石仏や石塔があちこちに点在している。約2km、1時間弱の距離。
平安時代末の「平治の乱」で源氏に敗れた藤原信西が、領地のある宇治田原に逃れたところを捕らえられ斬首され、その首を持ち帰った領民により葬られたという塚。向かいの大道神社とともに、秋には町内の紅葉の...
「田原天皇(施基皇子)」は天智天皇の皇子で万葉歌人。伝承では宇治田原の高尾と荒木に館を構え、そこで亡くなったために陵墓が作られたという。天皇谷の入口、現在の大宮神社裏参道横に田原天皇社が祀られた...
向日神社北側の勝山公園内にある元稲荷古墳は、古墳時代前期の前方後方墳。全長は約92mあり、刀剣類、斧などが出土した。墳頂からは特殊器台形埴輪が発見されている。周辺には、弥生時代の高地性集落と思わ...
“さしていく笠置の山をいでしより 天が下にはかくれがもなし”(太平記)武家政治を打破し、天皇政治をとり戻す策略が発覚した後醍醐天皇が、逃れようとする途中に大きな松の下で休まれ、そのときに詠じられ...
聖武天皇の皇子・安積親王がこの地に葬られ、その冥福を祈るため、行基が創建したと伝わる。秋は紅葉が美しい。
鎌倉時代を中心に繁栄した寺院跡で、山頂には丹後地方では最大の「宝篋印塔(ほうきょういんとう)」がある。ツツジの名所でもあり、現在では山全体が公園となっている。
仁和寺の東側にあり、土用に行われる「きゅうり封じ」で知られている。深草の石峰寺とともに石仏群の双璧としても有名で、五智如来のほか11体の石仏が境内に並んでいる。
聖徳太子の孫である弓削王の時代に建てられたと伝えられるのみで、詳細は不明。本堂と収蔵庫だけの小さな寺だが、収蔵庫の増長天立像は平安時代のもので、重要文化財に指定されている。
平安期創建の善入寺に始まる。境内には、室町幕府の二代将軍足利義詮と南朝の武将楠正行(正成の子)の両者の墓が並んで建っている。四季折々の花が咲く庭園は美しく、秋の紅葉は見事。
東福寺の塔頭・天得院では6月下旬~7月中旬と11月中旬~12月初旬に特別拝観を実施。本堂前には一面の苔庭が広がりそこに6月~7月は桔梗、11月~12月は紅葉を愛でることが出来ます。苔の緑と花々木...
水琴窟(山門を入り左側、水子地蔵横)があることで有名な寺院。
「全国歴史の道百選」に選ばれた、三和町菟原中から大身へ越える全長2kmの峠。古くから山陰道の要衝として数多くの通行者があり、小式部内侍の「大江山いく野の道の遠ければまだふみもみず天の橋立」にも詠...
平安時代に編修された『延喜式』に載る古い社。室町時代初期の本殿は、細工や彫刻にすぐれており重要文化財に指定されている。ユーモラスな仕草で豊作を願う1月15日頃に行われる「御田」や餅を竹串にさして...
元は「天満宮」と称し中世から存在していた。現在の本殿(町指定文化財)は延宝8年(1680)建立。鷲峰山登山道沿いで隠れた紅葉の名所。
白鳳時代(7世紀後半)に建立された古代寺院跡で、付近から飛鳥の寺院や平城宮などと同じ瓦が出土している。「禅定寺文書」の鎌倉時代の記述に「山瀧寺」の名が見られ、昭和20年代まで「大御堂」が存在して...
史跡めぐりモデルコース(標準)JR奈良線城陽駅東口→久世神社→正道官衙遺跡→芝ヶ原古墳群→丸塚古墳→久津川車塚古墳→平川廃寺跡→久世廃寺跡→JR奈良線城陽駅(所要時間/2時間30分~3時間)もう...
南丹市日吉町の中央部にあり、慶雲年間(704~708)の創始と伝えられている。現在の本殿は、宝暦5年(1755)の二間社流造りの建物で、丹波地方最大級の規模を誇っている。また、国の無形民俗文化財...
古墳時代中期前半に築造された前方後円墳。墳丘長約105m、前方部幅50m、高さ11m、前方部幅45m、高さ10mの大規模なもの。京都府指定史跡。
国道163号を木津川にそって登っていくと、和同開珎の鋳造跡がある。和同開珎は我が国の古い貨幣として知られ、直径25ミリ、和・同・開・珎の4文字が刻まれている。
妙楽寺境内にある蕪村句碑は、昭和元年(1926)、「宇治行」の原本発見を記念して建てられたもの。蕪村は、天明3年(1783)、田原村の門人から招待され、この地を訪れたといわれている。このときの紀...
岩本城跡は岩山山下地区の背後、通称「城山」の山頂部に築かれた戦国時代の山城。山頂の主郭部には土塁跡が残り、周辺にも曲輪跡が残る。南北朝の動乱で落城したとの伝承もあるが、周囲から石塔や瓦が出土する...
大宮神社宝筐印塔と同じタイプで鎌倉時代の塔。南区の旧「切林村」に位置し、和束町から伊賀方面へ向かう街道横にある。ここで旅人がわらじの緒を締め直し旅立ったことから地元では「わらじの神様」と呼ばれて...
西光寺庭園は江戸時代後期につくられ、江戸八景の一つ葛飾の「行徳帰帆」の風情を模したと伝えられる庭園で、静かな池と枯山水的石組が落ち着いた佇まいを残している。(京都府指定有形文化財)