西芳寺(苔寺)
約120種類の苔が境内を覆い、緑のじゅうたんを敷き詰めたような美しさから「苔寺」とよばれている。奈良時代の僧行基が天平3年(731)に開創したと伝えられ、室町時代初期の暦応2年(1339)に夢窓...
約120種類の苔が境内を覆い、緑のじゅうたんを敷き詰めたような美しさから「苔寺」とよばれている。奈良時代の僧行基が天平3年(731)に開創したと伝えられ、室町時代初期の暦応2年(1339)に夢窓...
羽柴(豊臣)秀吉が山崎城築城に際し、堺から呼び寄せた利休が、大山崎在住中に建てたといわれる小間の茶室、建物の端々に利休の非凡さが感じられる。建物は切妻造り、柿葺で、茶室では例のない地下窓をあけて...
広隆寺は、山城最古の寺院であり、平安文化の発祥の地であり、ひときわ閑静なたたずまいを見せている。ここに祀られているのが国宝指定第1号の宝冠弥勒菩薩半跏思惟像。右手を頬にあて微笑する姿は、何時間で...
昭和62年(1987)の大修理でいっそう輝きを増し、北山文化の象徴として国内外に知られる名刹。足利義満が応永4年(1397)西園寺家の山荘を譲り受け、義満の死後、鹿苑寺と名付けられた。金閣は舎利...
全長約120mの本堂をもち、堂の内陣柱間が33あるところから呼び名がついた。正式名称は蓮華王院。「日は永し、三十三間堂長し」と、あの夏目漱石も感嘆の声を挙げた本堂の中には1001体の千手観音立像...
東山文化の代表として知られる銀閣寺の正式名称は東山慈照寺。足利義政が文明14年(1482)に開いた山荘。銀閣(国宝)は、観音殿として質素高貴な意匠であり、東求堂は初期書院造の遺構。庭園は国の特別...
洛北屈指の名刹、大徳寺は、臨済宗大徳寺派の大本山。応仁の乱で大部分の伽藍を焼失するなど一時寺運が衰えたが、その後一休禅師が再興し、安土桃山時代には豊臣秀吉をはじめ諸大名が伽藍の建立に力を入れたた...
伏見稲荷大社は全国の稲荷神社の総本宮で、京都の古い神社のひとつ。参拝者数も全国屈指の数を誇り、正月や毎月1日、ご鎮座ゆかりの午の日にはとくににぎわう。商売繁昌の神様として有名。「いなり」の語源は...
二年坂は大同2年(807)にできたといわれる石段の坂で、清水から円山公園へと続く。石畳の坂道に格子戸の古い家並みが連なる情景は、まるで京都の縮図版のよう。昔ながらのお土産物屋など小さな店も多く、...
大同3年(808)にできたことから三年坂と名付けられたといわれるが、清水の子安観音に安産祈願のために参る参詣道にあたることから産寧坂とも書く。石畳や石段のある狭い道に史跡やお寺、清水焼・西陣織・...
山城と丹波との境界をなす山で、標高924m。清滝からの表参道のほか、樒原からの丹波口参道、月輪寺道・水尾道があるが、一般的なのは表参道で、約2~3時間くらいで登れる。山頂には愛宕神社があり、古く...
桜、紅葉の名所として知られる嵐山を水面に映しながら流れる大堰川。渡月橋は大堰川に架かる橋で、月が渡るさまに似ているところから亀山天皇が渡月橋と命名したと伝わる。現在のものは昭和9年(1934)に...
「主競技場」「補助競技場」「旧武徳殿」「弓道場」「相撲場」の各施設を備える総合武道施設。年間を通して、様々な武道種目の競技大会が開催されている。特に、旧武徳殿については、平安遷都1100年記念事...
かやぶき屋根の民家が現存していることで名高い美山町だが、特に北にはそれらが多く集まり、かやぶき屋根の集落が形成されている。のどかな田園風景とかやぶき屋根がマッチして、心がなごむ光景となっている。...
「清水の舞台」として名高く、宝亀9年(778)賢心(後に延鎮と改名)開創。春の桜と新緑、秋の紅葉と四季折々の美しさを背景にした舞台造りの本堂(国宝)は断崖の上にせりだし、市街地の眺望もすばらしい...
細川勝元が宝徳2年(1450)に徳大寺家の別荘を譲り受けて建立した禅宗寺院で、方丈南側に枯山水庭園(史跡及び特別名勝)として名高い石庭がある。三方を築地塀で囲み、東西25メートル、南北10メート...
京都市の中心部、八坂神社を中心とする地区で、祇園という地名は八坂神社の旧称「祇園社」にちなんだもの。京都を代表する繁華街でもある。舞妓や芸妓の姿も見られる。北は白川南通・新橋通から南は団栗通まで...
二年坂近く、聖徳太子により建立されたと伝えられる法観寺内にある五重塔。足利義教により再建されたこの塔は高さ46m、6.4m四方、本瓦葺の和様建築で初層内部、並びに二層目まで見学できる。
京都五花街のひとつで、長さ550m、幅2m足らずの通り。英語のポイント(先)やポルトガル語のポント(尖り)が語源で、先の細い道を表している。昔ながらの料亭やお茶屋さんが建ち並び、四条河原町のにぎ...
百人一首で有名な小倉山の南面に、映画俳優大河内伝次郎(1898~1962)が、自ら一木一草にも丹精込めて創作した庭園である。庭園には数多くの松、桜、楓が興を添え、朝な夕な、七色に変化する比叡の峰...
京都と滋賀にまたがる比叡山延暦寺は、世界文化遺産に登録された天台宗の総本山で、山上は大きく東塔・西塔・横川の三地域に分かれており、百数十の伽藍がそれぞれの地域の本堂(中堂)を中心に広がっている。...
西陣という名称は、応仁の乱(1467~1477)の時、細川勝元率いる東軍に対して、山名宗全率いる西軍がこのあたりに陣を置いたことに由来する。機織りの街として名高い西陣だが、機織り業を営む家は上京...
今出川七本松の交差点から北野天満宮東門に続く参道を中心に栄えた門前町、上七軒。この名称は十代将軍 足利義稙の頃に、北野天満宮再建の余材をもって七軒の茶屋を建てたことから起こったという。秀吉公の大...
和銅2年(709)に建てられた神社で、鍬山大明神とも矢田神社とも呼ばれている。昔このあたり一帯が泥湖であったのを、祭神の大己貴命が鍬で請田峡を切り開いて水を流し耕作田として民に穫りをあたえた。そ...