妙心寺 退蔵院
妙心寺の塔頭の一つ。方丈は重要文化財指定建築である。方丈庭園(枯山水)の「元信(もとのぶ)の庭」は史跡名勝の指定を受けている。また、池泉回遊式庭園で昭和の名庭といわれる「余香苑(よこうえん)」庭...
妙心寺の塔頭の一つ。方丈は重要文化財指定建築である。方丈庭園(枯山水)の「元信(もとのぶ)の庭」は史跡名勝の指定を受けている。また、池泉回遊式庭園で昭和の名庭といわれる「余香苑(よこうえん)」庭...
紫式部の氏神社。長岡京遷都に際し、藤原氏が奈良春日大神を勧請したといわれる古社。そのため本殿の形も春日大社を模したもので、朱塗りの鮮やかな檜皮葺きの社殿が4棟、一列に並んでいる。木々が生い茂る林...
創建当初は仙遊寺と称していたが、建保6年(1218)、伽藍が建立されてからは境内の涌き水にちなんで泉涌寺と改められた。その後間もなく四条天皇の月輪陵が造営され、以来、皇室ゆかりの寺「御寺」として...
先斗町歌舞練場は大正14年(1925)に着工、昭和2年(1927)に完成しました。歌舞練場の屋根には中国の舞楽面を型取った鬼瓦が守り神として据えてあります。また、鴨川をどりや水明会の会場となって...
西陣という名称は、応仁の乱(1467~1477)の時、細川勝元率いる東軍に対して、山名宗全率いる西軍がこのあたりに陣を置いたことに由来する。機織りの街として名高い西陣だが、機織り業を営む家は上京...
角屋は揚屋建築唯一の遺構で、京の六大花街の中で最も古い歴史をもつ島原にあって、江戸文化の華やかさを今に伝えている。(重要文化財)美術館では与謝蕪村のふすま絵などの美術品を随時展示、公開している。...
三重県の伊勢神宮外宮の元宮になった神社。元々丹後地方に天下った農耕の神様で、雄略天皇の22年、神夢より伊勢山田原に迎えたのが伊勢宮外宮の始まりとされ、ここ豊受大神社はその元宮だと言われている。
大山崎地域の産土神として鎮座する、延喜式内社で乙訓地方で最も古い神社です。 江戸時代以前は天神八王子社と呼ばれ牛頭天王を祭神としていました。天王山の名は祭神の牛頭天王の天王から由来しています。 ...
哲学の道を少しはずれたところにあり、法然上人が念仏道場として開いたのがはじまり。現在の本堂は延宝8年(1680)に中興。苔むした茅葺きの門は、簡素にして典雅な雰囲気で、紅葉に溶け込む景色はまさに...
貞観元年(859)男山に勧請された。国家鎮護の社として皇室から厚い崇敬を受け、源氏の信仰も厚く、源義家が神前で元服して八幡太郎義家と名乗った話は有名。その事も要因となり分社は全国に及ぶ。現社殿は...
足利義満によって明徳3年(1392)に建立された相国寺は、竣工までに約10年を費やしたと伝えられている。現存する日本最古の法堂の天井画は、狩野光信筆の「蟠龍図」で、鳴き龍とも呼ばれる。総門をくぐ...
京菓子資料館は、京菓子と京のおもてなし文化を体験することができる施設。敷地の間口の狭さを活かした京都らしい建物は、1階に茶室、2階に展示室がある。1階の裏千家鵬雲斎千玄室大宗匠ご命名の茶室「祥雲...
高瀬川は、慶長年間、当時の豪商・角倉了以が物資輸送のために鴨川の水を引いて開いた運河。この川で用いる舟を高瀬舟といった。二条から五条にかけて7つの船入り(荷物の積みおろしをするための船だまり)が...
江戸時代、京屋敷を持たない大名の宿舎となった町家で、個人の住居である。大名の身辺警護のための武者隠し、隠し階段や落し階段など敵の侵入を防ぐ巧妙な仕掛けが施されており、国指定の重要文化財となっている。
高雄山中腹に立つ神護寺は真言宗の遺迹本山で、密教寺院有数の名刹。境内には書院や五大堂、毘沙門堂、大師堂、金堂など優れた建築物が建ち並んでおり、金堂の西にある地蔵院では厄除けの‘かわらけ投げ’が楽...
境内に約100本の桜の木が植えられ、別名「花の寺」と呼ばれるほど春には素晴らしい景観を見せる。瑠璃光殿にはいずれも重要文化財の、本尊薬師如来1体、胎内仏薬師如来1体、仁王像2体、計4体が安置され...
推古12年(604)に創建されたと伝えられ、宇治橋と深く関わってきたことから、橋寺の名で親しまれている。本堂の前にある宇治橋断碑は、大化2年(646)に宇治橋を架けた由来を彫ったもので、日本三古...
現存する神社建築では最古という本殿(国宝)は平安時代の建築で、一間社流造りの三殿からなり、左右の社殿が大きく中央の社殿が小さい。拝殿(国宝)は、宇治離宮の遺構といわれる寝殿造り風の住宅建築。もと...
正式には六六山詩仙堂丈山寺といい、寛永18年(1641)丈山隠棲のため詩仙堂を建立、終の棲家と定めた草庵。三十六歌仙にならい中国歴代の詩人36人を選び三十六詩仙とし、狩野探幽・尚信に肖像を描かせ...
京都の「東寺口」から久世橋、向日市の中心街、長岡京市の神足、大山崎を経て「摂津」へ抜ける古い街道で、東海道・山陽道をつなぐ主要幹線道路。「山城名跡巡行志」という記録によると、京を出て最初の宿場「...
大徳寺塔頭。細川忠興により創建された。千利休の邸宅を移築したものといわれている書院、二畳台目の簡素な茶室松向軒や忠興・ガラシャ夫妻のお墓がある。秋は紅葉が見事。 ※ご利益:心のやすらぎ
東福寺塔頭。庭の苔がとても美しいことから「虹の苔寺」の別名をもつ寺院。歴史は古く明徳2年(1391)、金山明昶(きんざんみんしょう)によって創建。重森三玲作の「波心庭」とよばれる庭園は、白砂の枯...
白河院は現在、日本私立学校振興・共済事業団の京都宿泊所となっている。庭園は東山を借景とし、琵琶湖疏水を引き入れた池泉回遊式の山水庭園で、作者は7代目小川治兵衛。(通称「植治」)築山や松の大木等を...
古くから深草の産土神として信仰を集める藤森神社。本殿の後ろに並ぶ大将軍社と八幡宮社は足利義教の造営と伝えられ、どちらも流造り、檜皮葺きの社殿で重要文化財に指定されている。また本殿の東には、藤森神...