岡田鴨神社
賀茂氏族の祖神として崇神天皇御世(前97年~前30年)の創祀と伝わる。当社は京都・下鴨神社(賀茂御祖神社)の元宮で延喜式内社の古社である。祭神は八咫烏が化身の賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと...
賀茂氏族の祖神として崇神天皇御世(前97年~前30年)の創祀と伝わる。当社は京都・下鴨神社(賀茂御祖神社)の元宮で延喜式内社の古社である。祭神は八咫烏が化身の賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと...
東山のふもとに建つ閑静な古刹。仁寿3年(853)真紹僧都によって創建され、貞観5年(863)清和天皇より禅林寺の定額を下賜。諸堂は、おおらかな自然と一体となった長い回廊で結ばれている。重要文化財...
常照皇寺は臨済宗天龍寺派の禅寺。北朝初代の光厳天皇が開き、南北朝の動乱という歴史の渦に巻き込まれ、ここに隠棲した。また天皇は周辺の自然を庭に見立て、寺の裏山を猿帰嶂、滝を白玉泉、山全体を万樹林と...
明治19年(1886)に造成された京都市で最も古い公園で、明治26年(1893)には疏水の水を利用した噴水が瓢箪池に取り付けられ、大正3年(1914)には、七代目小川治兵衛により本格的な回遊式庭...
天正10年(1582)、本能寺で織田信長を討った明智光秀と、中国地方遠征から急遽とってかえした羽柴(豊臣)秀吉は山崎で対峙。戦いの焦点は、どちらが天王山を制圧するかにあったため、いまも勝敗の別れ...
本堂に九体の阿弥陀如来坐像が横に並んでいることから、九体寺と呼ばれる。本堂、三重塔、九体の阿弥陀如来坐像、四天王立像は、いずれも平安時代のもので、国宝に指定されている。 吉祥天立像開扉 1/1~...
哲学の道を少しはずれたところにあり、法然上人が念仏道場として開いたのがはじまり。現在の本堂は延宝8年(1680)に中興。苔むした茅葺きの門は、簡素にして典雅な雰囲気で、紅葉に溶け込む景色はまさに...
圓光寺は、徳川家康が国内教学の発展を図るため足利学校第9代学頭・三要元佶を招き、伏見に学校と木製活字を与え書籍を刊行した。現存する活字では日本最古のものであり、重文に指定されている。また、本堂前...
正寿院は、高野山真言宗に属し、創建はおよそ800年前、飯尾山医王教寺の塔頭寺院として建立されたと伝えられています。 客殿「則天の間」には猪目窓という窓があります。猪目(いのめ)とは、ハート型であ...
足利義満によって明徳3年(1392)に建立された相国寺は、竣工までに約10年を費やしたと伝えられている。現存する日本最古の法堂の天井画は、狩野光信筆の「蟠龍図」で、鳴き龍とも呼ばれる。総門をくぐ...
嵐山の山腹に立つ真言宗の寺。十三まいりの虚空蔵さんとして有名で3月13日から5月13日まで数え年13歳になった男子と女子が福徳と智恵を授かるために参詣する。参詣後渡月橋を渡り切るまでに後ろを振り...
高瀬川は、慶長年間、当時の豪商・角倉了以が物資輸送のために鴨川の水を引いて開いた運河。この川で用いる舟を高瀬舟といった。二条から五条にかけて7つの船入り(荷物の積みおろしをするための船だまり)が...
楼門をくぐると、正面にある本殿には、酒造の神、子授け・安産の神など8神を祭る本殿がある。その右側には、またぐと赤ちゃんが授かるというまたげ石がある。(要祈祷)また、2月、3月には梅が、4月は八重...
「丹後天橋立大江山国定公園」の指定を受け「森林浴の森」日本百選に選ばれた大江山の森の中にあり、ブナ・ナラの原生林などの自然に包まれている。この神社まで車で行け、観光客や登山者にも人気がある。5月...
無鄰菴は、明治27年~29年(1894~1896)に明治・大正の元老・山縣有朋が京都に造営した別荘である。その大半を占める庭園(面積約3,135平方メートル)は、有朋自らの設計・監督により、造園...
京都では「六道さん」の名で親しまれる。お盆には冥土まで響くとされる「迎え鐘」をついて、ご先祖の精霊をこの世にお迎えする精霊迎え「六道まいり」の寺である。山号(さんごう)を大椿山(たいちんざん)と...
高台寺道から西へ抜ける小路が石塀小路。人ふたりが歩けるくらいの石畳と木塀の風情ある小路で、5分ほどで通り抜けられる。両側の家も石垣を備え、懐石料理の店や旅館が軒を並べている。南へ二年坂、産寧坂と...
大山崎地域の産土神として鎮座する、延喜式内社で乙訓地方で最も古い神社です。 江戸時代以前は天神八王子社と呼ばれ牛頭天王を祭神としていました。天王山の名は祭神の牛頭天王の天王から由来しています。 ...
小倉山の山腹、静寂で清らかな、まるで常寂光土に遊ぶような趣があるということから名付けられた。茅葺きの仁王門をくぐり石段を登ったところには本堂、その後方には均整のとれた多宝塔が建ち、そこから眺める...
元亀2年(1571)に織田信長の意向を受け、細川藤孝により、その後の城郭の標準となる瓦・石垣・天主を備えた、先駆的な城郭として造り替えられたものです。 天正6年(1578)藤孝の子息、忠興と明智...
史跡長岡宮内裏内郭築地回廊跡の上に位置する歴史ある旧家で長岡京跡などの市内の歴史文化資源の案内解説などを楽しめる施設です。 明治43年に建築され、都市近郊の伝統的な形式を有した農家住宅として国の...
二の丸庭園は寛永3年(1626 家光時代)の後水尾天皇行幸の際に築造された。後水尾天皇行幸時は、二の丸御殿(国宝)大広間、二の丸御殿黒書院、行幸のために建てられた行幸御殿等の四方向から鑑賞できる...
「主競技場」「補助競技場」「旧武徳殿」「弓道場」「相撲場」の各施設を備える総合武道施設。年間を通して、様々な武道種目の競技大会が開催されている。特に、旧武徳殿については、平安遷都1100年記念事...
二尊院の北、化野はその昔、京の墓地だった。無名の人々の亡骸が風葬されたこの地に弘法大師は五智山如来寺を建立し、これが念仏寺の起こりとなった。その後、法然上人が念仏道場としたことから念仏寺と呼ばれ...