毘沙門堂
本尊は毘沙門天王、京の七福神のひとつ。再興初代住職・天海大僧正から山科に建立。三代目の公弁法親王以降現在の姿が完成した。(1680年頃)境内は樹々に囲まれ、桜が満開となる春、葉が色ずく秋に美しく...
本尊は毘沙門天王、京の七福神のひとつ。再興初代住職・天海大僧正から山科に建立。三代目の公弁法親王以降現在の姿が完成した。(1680年頃)境内は樹々に囲まれ、桜が満開となる春、葉が色ずく秋に美しく...
宇多天皇が仁和4年(888)に創建、後に出家し、僧坊である御室を営み、後に地名となった。江戸時代に建立された二王門(重文)は京の三大門のひとつ。境内には金堂(国宝)、五重塔(重文)があり、御殿は...
正式名称は「旧嵯峨御所大本山大覚寺」。平安時代に嵯峨天皇の離宮として造られた。諸堂が回廊で結ばれ、宸殿の襖には狩野山楽筆の「牡丹図」、「紅梅図」などが描かれている。春は桜、秋は紅葉と賑わい、中秋...
四条通から北に一筋入った通りで、寺町から高倉まで約400mの間に錦市場がある。「錦に来てそろわへん食べ物は1個もあらへん」という京都人の言葉通り、魚・肉・乾物・惣菜・湯葉・漬物・京野菜などの店が...
妙心寺の塔頭の一つ。方丈は重要文化財指定建築である。方丈庭園(枯山水)の「元信(もとのぶ)の庭」は史跡名勝の指定を受けている。また、池泉回遊式庭園で昭和の名庭といわれる「余香苑(よこうえん)」庭...
江戸時代、京屋敷を持たない大名の宿舎となった町家で、個人の住居である。大名の身辺警護のための武者隠し、隠し階段や落し階段など敵の侵入を防ぐ巧妙な仕掛けが施されており、国指定の重要文化財となっている。
文久3年(1863)3月16日、八木家右門柱に松平肥後守御領新選組宿という表札が掲げられ、新選組が誕生した。幕末京都の治安を守った新選組があしかけ3年を過ごした壬生屯所時代。奥座敷の鴨居に残る刀...
釘抜(苦抜き)地蔵で知られる石像寺は、弘仁10年(819)弘法大師によって開創された。本尊の釘抜地蔵尊は、さまざまな苦しみを抜き取ってくれるとか。本堂には心とからだの痛みがこのようにとれましたと...
貞観元年(859)男山に勧請された。国家鎮護の社として皇室から厚い崇敬を受け、源氏の信仰も厚く、源義家が神前で元服して八幡太郎義家と名乗った話は有名。その事も要因となり分社は全国に及ぶ。現社殿は...
高雄山中腹に立つ神護寺は真言宗の遺迹本山で、密教寺院有数の名刹。境内には書院や五大堂、毘沙門堂、大師堂、金堂など優れた建築物が建ち並んでおり、金堂の西にある地蔵院では厄除けの‘かわらけ投げ’が楽...
元禄の昔、芭蕉が当寺の鉄舟和尚を訪ね、語り合った芭蕉庵を与謝蕪村が再興した。本堂後丘には、その芭蕉庵、蕪村の墓、句碑がある俳句の聖地。又、舟橋聖一作「花の生涯」や諸田玲子作「奸婦にあらず」のヒロ...
大徳寺塔頭。細川忠興により創建された。千利休の邸宅を移築したものといわれている書院、二畳台目の簡素な茶室松向軒や忠興・ガラシャ夫妻のお墓がある。秋は紅葉が見事。 ※ご利益:心のやすらぎ
芸妓さん・舞妓さんと花街の文化を、わかりやすくご紹介。西陣織や京友禅の着物などの衣裳、花かんざしやお化粧道具など貴重な資料を多数展示しています。芸妓さん・舞妓さんによる舞の鑑賞の他、庭園や大劇場...
角屋は揚屋建築唯一の遺構で、京の六大花街の中で最も古い歴史をもつ島原にあって、江戸文化の華やかさを今に伝えている。(重要文化財)美術館では与謝蕪村のふすま絵などの美術品を随時展示、公開している。...
起源は太古山背国葛野郡衣笠村(やましろのくにかどのぐんきぬがさむら)に降臨された北山の神で、その創建は平安建都以前と推定される。足利義満による北山第造営にあたり参拝に不便となったことから現在地に...
一年中、鈴虫の音が聞ける寺として、鈴虫寺の愛称で親しまれている。お茶・お菓子を召し上がりながら、肩の凝らない和尚の法話を聞くことができる。山門前の『わらじ』をはいた幸福地蔵尊は、一つだけ願いを叶...
慶雲元年(704)開基という古刹で、西国第28番札所。本尊は、秘仏の聖観世音菩薩。本道への石段右手にある「撞かずの鐘」は、その音色に鐘を作る際に誤って命を落とした子供の泣き声がするため、鳴らされ...
平安時代の初め、清原夏野が双丘寺として創建し、天安2年(858)文徳天皇が大伽藍を建て天安寺とした。大治5年(1130)鳥羽天皇の中宮待賢門院が再興し法金剛院と改名、鎌倉時代円覚上人が更に復興し...
楼門をくぐると、正面にある本殿には、酒造の神、子授け・安産の神など8神を祭る本殿がある。その右側には、またぐと赤ちゃんが授かるというまたげ石がある。(要祈祷)また、2月、3月には梅が、4月は八重...
青蓮院は天台宗の京都五箇室門跡寺院の一つで、天明8年(1788)の大火により御所が炎上した際、後桜町上皇は御所として青蓮院に避難されたことから粟田御所ともよばれている。比叡山の東塔の青蓮坊が寺の...
芭蕉の高弟、俳人向井去来の草庵跡。庭は俳句の花の庭と呼ばれ、四季折々の花が咲く。裏の墓地には去来墓がある。
宇治川沿いに建つ宇治神社は、古くは離宮八幡宮(桐原日桁宮(きりはらひげたのみや))と称し、祭神は応神天皇の皇子莵道稚郎子(うじのわきいらつこ)とされている。三間社流造りの本殿(重文)は鎌倉時代に...
794年の平安京造営の際に造られた禁苑。桓武天皇を初めとして歴代天皇が行幸され、舟遊び、放隼、釣りなどの宴遊や、詩会、相撲節会、重陽節会などの宮中行事が催された。812年には嵯峨天皇が史実に残る...
平安京建都に力を尽くした和気清麻呂を祭神とする。明治19年(1886)に現在地に社殿を造営、遷座した。清麻呂の難を猪が助けたという故事にちなみ、狛犬の代わりに石造りの猪が置かれている。社務所横に...