北真経寺
鶏冠井町御屋敷にある北真経寺は日蓮宗の寺院で、長岡京の内裏跡に建っている。江戸時代には僧侶の学校「檀林」が置かれ、当時は100名を越える学僧たちが生活を共にしながら勉強をしたといわれている。現在...
鶏冠井町御屋敷にある北真経寺は日蓮宗の寺院で、長岡京の内裏跡に建っている。江戸時代には僧侶の学校「檀林」が置かれ、当時は100名を越える学僧たちが生活を共にしながら勉強をしたといわれている。現在...
鶏冠井町大極殿にある南真経寺は日蓮宗の寺院で、鎌倉時代末期に、日像上人の布教により村人のすべてが日蓮宗に改宗した信仰の中心地。もとは南真経寺と北真経寺は一つの寺で、現在の北真経寺の位置にあったが...
丹波生活衣及び関連資料の展示保管と創作活動の発表の場である市民ギャラリーを併設している。あわせて、織機(手織)を常設し、織物を体験したり、各種講座、教室などに利用できる研究室もあり、見て触れて体...
渡来仏の釈迦誕生仏や藤原時代の十一面観音像やなど笠置寺の収蔵品を展示している。
山の斜面を利用してつくられた、自然の中で遊べるプレーゾーン。管理棟や16ホールのグラウンドゴルフコース、全天候型の屋内交流広場があり、一日のんびり楽しめる。
日本三景「天橋立」を見下ろす緑に包まれた高台に佇み、シティ感覚とリゾートテイストが穏やかに調和した欧風リゾートホテル。おもてなしのはじまりは、優雅に天橋立駅まで英国製のリムジンが出迎えてくれる。...
京うちわは、「御所うちわ」とも呼ばれ、団扇部分と把手(とって)を別々に作り、後で柄を付ける「差し柄構造」が特徴で、柄は、竹、栂、杉、漆塗などで、紙は主として美濃、八尾、越前の和紙を用い、手彫り・...
うっそうとした木々に覆われた境内は、真夏日もひんやりと空気が漂い、濃い緑陰をつくっている。本殿は貞享4年(1687)再建の春日造。境内には橘神社があり橘諸兄の末えいの橘正成をまつっている。隣接す...
〈展示内容〉海や交易に関わる考古資料、北前船の模型や船箪笥、田辺籠城図や城下町の絵図・江戸時代の祭礼絵巻、民俗芸能や仏教美術の紹介 海辺の京都 浮世絵コレクション(酒呑童子、浦島太郎、三庄太夫な...
黒土に繊細な草花模様を印刻し別の土を埋め込む象嵌(ぞうがん)技法。独特の造型感覚がすばらしい、象嵌技法や印花、印刻手法を主とした作風による陶磁器の製作工程、作品展示の見学と手びねりの体験。見学時...
大宮神社宝筐印塔と同じタイプで鎌倉時代の塔。南区の旧「切林村」に位置し、和束町から伊賀方面へ向かう街道横にある。ここで旅人がわらじの緒を締め直し旅立ったことから地元では「わらじの神様」と呼ばれて...
岩王寺は、平安時代の天暦3年(949)に空也上人によって創建されたと伝えられている。寺宝の永享4年(1432)の施入銘のあるきゅう漆卓(きゅうしっしょく)は本尊様の前机で、高さ約102.7cm、...
大宮神社は「田原祭」を行う三社のひとつで、荒木・郷之口地区の氏神。荒木天皇谷入口に座し、裏参道から大峰山への登山口がある。境内には町指定文化財の宝筐印塔があり、他にも文殊石碑など神仏習合時代の名...
徐福伝説が伝わる新井崎を抜け、その先に広がる日本海を臨む。丹後天橋立大江山国定公園の美しい海岸線。
“さしていく笠置の山をいでしより 天が下にはかくれがもなし”(太平記)武家政治を打破し、天皇政治をとり戻す策略が発覚した後醍醐天皇が、逃れようとする途中に大きな松の下で休まれ、そのときに詠じられ...
江戸時代に谷出羽守が封じられた山家藩の陣屋跡で、公園として整備されている。桜やもみじの名所としても知られる。
「JUNOPARK(ジュノパーク)」は、京都府木津川市にある、小学生と楽しめる屋内のお出かけスポットです。「住」にまつわる6つのテーマを通じ、ゲーム形式の体験アクティビティや体験型展示を楽しみな...
明治9年(1876)に京都府師範学校として創立以来の教材、教具、作品などを整理して学術研究や学校教育、社会教育に役立てるため、平成23年(2011)に開館しました。所蔵品は、200点以上の理化学...
御室の仁和寺は、「御室桜」と呼ばれる背丈の低い桜の名所として有名だが、その歴史も古く平安前期の仁和4年(888年)、宇多天皇によって創設された古刹。以後明治維新まで歴代天皇の皇子皇孫が門跡として...
春(3/1~5/30) 古渡更紗展夏(6/1~8/30) 竹屋町展秋(9/1~11/29) 名物裂展冬(12/1~2/27) 珍しい染織展
仁徳天皇時代(313年~299年)に現在の地より西方の西峰山頂に創建、宣化天皇元年(535)にこの地に移されたという。延暦12年(793)に大宝天王と朱智天王を同殿にあわせて祀られた。貞観11年...
岩本城跡は岩山山下地区の背後、通称「城山」の山頂部に築かれた戦国時代の山城。山頂の主郭部には土塁跡が残り、周辺にも曲輪跡が残る。南北朝の動乱で落城したとの伝承もあるが、周囲から石塔や瓦が出土する...
白鳳時代(7世紀後半)に建立された古代寺院跡で、付近から飛鳥の寺院や平城宮などと同じ瓦が出土している。「禅定寺文書」の鎌倉時代の記述に「山瀧寺」の名が見られ、昭和20年代まで「大御堂」が存在して...
地域住民が自分たちで作った資料館。2階は漁具や民芸品の展示があり、1階は喫茶と伊根産野菜・工芸品の直売所を兼ねている。