「秀吉の道」陶板絵図
天王山山麓にあるアサヒグループ大山崎山荘美術館から天王山山頂に至る間に秀吉の出世物語を日本画で描き、それを陶板に焼きつけたものが6ヶ所間隔を置いて設置されている。秀吉の中国大返しや山崎合戦、光秀...
天王山山麓にあるアサヒグループ大山崎山荘美術館から天王山山頂に至る間に秀吉の出世物語を日本画で描き、それを陶板に焼きつけたものが6ヶ所間隔を置いて設置されている。秀吉の中国大返しや山崎合戦、光秀...
産土神として信仰を集めている。京都祇園祭りのミニ版といわれ、府の無形民俗文化財に指定されている「曳き山行事」は、毎年10月スポーツの日にこの神社で行われる。虎や竜、天女、獅子の見送りで飾られた四...
本殿、庫裏、山門などに囲まれた境内は静かな緑陰につつまれ、禅味ゆたかな寺。寺伝では足利直義が足利基氏の娘のために建てたといい、また一説では足利尊氏が延文二年(1357)に夢窓国師を開山として創始...
祟神天皇の時代、四道将軍丹波道主命が出雲より八知矛神(大国主命)を迎えて神谷の地に祀り、道主命亡き後、人々がこれを追幕し現在地に神社を創建し、道主命所有の「国見の剣(くにみのつるぎ)」を神霊とし...
第10代崇神天皇の39年に大和地方からここに天照大神の神鏡をまつったといわれ、以後全国を転々とした後、54年後に三重県の伊勢神宮に正式に鎮座されたことから元伊勢内宮といわれる神社。杉の古木が立ち...
かつては紙幡寺、加波多寺ともいわれていた蟹満寺は、白鳳期の末期に建てられた。本尊の銅造釈迦如来坐像は白鳳期の秀作で国宝に指定されている。「今昔物語集」や「古今著聞集」に登場する“蟹の恩返し”の縁...
境内にある十三重石塔は、重要文化財に指定。台石に建治3年(1277)10月3日の刻銘があり、屋根の一部に欠損した部分があるほかは造立当初の姿をよく残している。
「奥山に 紅葉ふみわけ 鳴く鹿の 声聞くときぞ 秋はかなしき」この歌を詠んだ猿丸大夫を祀る。三十六歌仙の一人に数えられているが、謎の人物。この地は、大夫晩年隠棲の土地とも伝えられている。また、猿...
江戸時代初期に建立された天神社本殿は京都府登録文化財に、境内は文化財環境保全地区となっている。参道沿いでは春は桜、秋は紅葉が美しい。毎年8月15日には地元の子どもを中心に郷土芸能「ねりこみ囃子」...
鎌倉時代に成立したという説話集「宇治拾遺物語」には、大海人皇子(後の天武天皇)が吉野から大津への道中に宇治田原に立ち寄ったという話が収録されており、宇治田原の南地区がその舞台とされている。他にも...
ちりめん街道は、与謝野町加悦伝統的建造物群保存地区の愛称。 江戸から昭和初期に建てられた住宅や土蔵、縮緬工場、職工宿などが一体となって現存する。歴史的風致をよく伝える製織町の町並み。
約4km・約2時間阪急京都線西向日駅→史跡長岡宮跡朝堂院跡→史跡長岡宮跡築地跡→桜の径→一文橋・歴史の道→石塔寺→説法石(向日神社)→須田家住宅→築榊講常夜燈→寺戸川(深田川)→JR京都線向日町駅
聖徳太子の孫である弓削王の時代に建てられたと伝えられるのみで、詳細は不明。本堂と収蔵庫だけの小さな寺だが、収蔵庫の増長天立像は平安時代のもので、重要文化財に指定されている。
推古天皇の御代の頃、小野妹子が隋に行く途中病気になったところ、宇佐八幡宮に祈願し、病気が治った。帰国後、報恩のため宇佐八幡を勧請して創建し、のち備後三郎三宅高徳がこの地に移り住み崇拝したところか...
京都三熊野の一つ。神木の梛はかつて紀州熊野詣でや伊勢参宮などの際に禊の木として用いられていたといわれる。現在も「あらゆる苦難をなぎ倒す」ことで信仰を集めている。また、裏手の若王子山山頂市営の墓地...
国の重要文化財、杉本氏庭園名勝指定。明治3年(1870)建造の大規模な大店の町家。内外ともに端正な意匠で、露地庭、座敷庭、坪庭などにも趣向が凝らされている。
施設:本堂、持仏、不動堂、愛染堂、風鈴祭り(期間限定)、ひな祭り(期間限定)体験:写経(要予約)、阿字観(瞑想、要予約)、風鈴絵付け(期間限定)、鯉の餌やり(期間限定)
社伝によると天下五剣と謳われ現在国宝に指定されている「童子切 安綱」を造った刀匠・伯耆安綱と稲荷の神・宇迦之御魂様が山ノ井の水を用い、名刀「髭切」「膝丸」を造った場所と伝わり、幕末の地誌「男山考...
醍醐天皇が生母の菩提を弔うために建てたのがはじまりと伝えられる。氷室池を中心とした庭園は、平安時代風の雅かな雰囲気。水面には赤や白の睡蓮が、また池辺には紫色のカキツバタが咲くなど、四季それぞれに...
「丹後二の宮」として厚い信仰を集めており、祭神は大宮売神と若宮売神で、平安時代前期の『延喜式』にその名が見える。本殿前の石灯籠2基の右側1基には、「徳治2年3月7日」の刻名があり、鎌倉時代の貴重...
弘法大師が十一面観音像を安置したのが始まりと伝えられる。西国三十三所の第十五番札所として知られているが、不動明王や毘沙門天の信仰もあり、頭痛封じ、頭の観音さんの寺として古くから民衆の信心を集めて...
古代、山城と近江を結ぶ官道として整備された「田原道」は、たびたび歴史の舞台となってきた。沿線には宇治田原独特の干し柿「古老柿」発祥伝説の舞台・禅定寺などの旧跡が多い。「維中前」バス停にはコース案...
「明神さん」で親しまれている向日神社は、奈良時代、養老2年(718)創建。室町時代に造営された本殿が国の重要文化財に指定されているほか、境内の多くの建物も国の登録有形文化財に指定されている。 境...
「中風除け」の寺として有名。真言宗の寺で、その起源は明らかではないが、元禄4年(1691)に本堂・山門・弥勒堂が再建された。とりわけ山門と弥勒堂は、精巧な建築で、彫刻はすぐれた作品と言われている...