本山石塔寺
鎌倉時代末期、日像上人が向日神社前にある法華題目の石塔婆の傍らにお堂を建て、石塔寺と名付けたのが創建と伝えられている。境内には山吹、つつじが多く、毎年5月の花まつりに披露される「鶏冠井題目踊」は...
鎌倉時代末期、日像上人が向日神社前にある法華題目の石塔婆の傍らにお堂を建て、石塔寺と名付けたのが創建と伝えられている。境内には山吹、つつじが多く、毎年5月の花まつりに披露される「鶏冠井題目踊」は...
国の重要文化財指定の本殿は昭和56年(1981)10月に修復工事が完了し、極彩色の華麗な社殿に再現された。昭和63年(1988)に棟札とリスとブドウの精巧な彫刻が施された旧脇障子欄間が重要文化財...
4世紀初頭、古墳時代前期のものとされる前方後円墳。発掘調査などを行っていないので詳細は不明だが、全長91m、後円部は直径54m、高さ約9m、前方部は長さ約40m、高さ約4mの古墳時代前期の典型的...
江戸時代に谷出羽守が封じられた山家藩の陣屋跡で、公園として整備されている。桜やもみじの名所としても知られる。
約4km・約2時間阪急京都線西向日駅→史跡長岡宮跡朝堂院跡→史跡長岡宮跡築地跡→桜の径→一文橋・歴史の道→石塔寺→説法石(向日神社)→須田家住宅→築榊講常夜燈→寺戸川(深田川)→JR京都線向日町駅
澤井家は、武家の出身で、近世初頭に現在地に住み、江戸時代には尼門跡曇華院の所領を治める代官であった。主屋は、江戸時代中期の元文5年から翌6年(1740~1741)にかけて建て替えられており、尼門...
文安2年(1445)山家城主和久氏の菩提寺として、万山全重を開山として創建され、この地方には珍しい3種類の古庭園をもつ。石段を登り、境内に入ると本堂前広場の左手に石庭「真観庭」さらに本堂の西側に...
石清水八幡宮検校職であった善法寺宮清の建立。宝冠阿弥陀如来坐像や、僧形八幡画像など多くの文化財を有し、本堂と表門は京都府指定文化財。また足利義満の母良子ゆかりの寺で、境内には良子が寄進したといわ...
聖武天皇の皇子・安積親王がこの地に葬られ、その冥福を祈るため、行基が創建したと伝わる。秋は紅葉が美しい。
奈良時代の山背国久世郡の郡役所跡と推定されている遺跡。8世紀を中心とする大型の建物群が方位をあわせて計画的に配置され、7世紀を中心とした集落も重複して見つかっている。中心となる建物の一部が復元さ...
1577年に明智光秀によって築城されました。1610年、岡部長盛の時代に城郭・城下町がほぼ完備されました。明治維新のあと廃城令により解体されましたが、現在の所有者である宗教法人大本の手により石垣...
「切戸の文殊堂」として親しまれており、重要文化財の文殊菩薩を本尊として古くから出羽亀岡、大和桜井の文殊とともに日本三文殊のひとつに数えられている。「3人寄れば文殊の智恵」の言い伝えにあるように、...
天神社は、「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)」に記載されている式内社(しきないしゃ)である。明応2年(1493)に社殿が造営され、宮寺・中性院がおかれていた。しかし中性院は、明治維新の...
南丹市日吉町の中央部にあり、慶雲年間(704~708)の創始と伝えられている。現在の本殿は、宝暦5年(1755)の二間社流造りの建物で、丹波地方最大級の規模を誇っている。また、国の無形民俗文化財...
府の登録文化財の銅版鏡を含め、139面の懸仏を所蔵している。また、毎年8月24日に行われる「牧山の松明」は、高さ4mもある大松明や、周囲1m、高さ1mの松明など、大小さまざまの松明が一斉に灯され...
古墳時代中期前半に築造された前方後円墳。墳丘長約105m、前方部幅50m、高さ11m、前方部幅45m、高さ10mの大規模なもの。京都府指定史跡。
慶安元年(1648)に福知山藩 稲葉騒動で自害した藩主 稲葉紀通公の菩提寺。稲葉氏の遠縁にあたり臨済宗妙心寺の十傑と称された回天和尚ゆかりの古刹。天田郡西国第七番札所。〈写経、法話、坐禅〉要予約...
江戸時代を代表する俳人のひとり「与謝蕪村」は、晩年に宇治田原の門人の招きで来訪し、松茸狩りなどを楽しみ紀行文「宇治行」を記した。そのときの礼状に記された句を刻んだ句碑が郷之口の「妙楽寺」にあり、...
地域のために奮闘した豪商の屋敷。 中世の武士に始まり、幕末にはちりめん商として財を成し、ひと時代を築いた旧尾藤家。丹後大震災で多大な被害を受けた町の復興に貢献した。 住宅は江戸時代末期築の広大な...
奈良時代、笠置山で狩りを楽しんでいた天武天皇が、鹿を追って進退きわまったとき、仏に祈念して難を逃れた。そこで大岩面に弥勒菩薩を掘り、それを本尊にしてはじまったのが笠置寺。平安末期には修験道の道場...
平安時代中期の創建と伝えられており、現在の社殿は天保5年(1834)再建の神明造り。祭神は誉田別命(応神天皇)と、息長足姫命を祭り、非公開だが平安時代の木造女神座像2体(重文)が残っている。
鮮やかな朱塗りの柱が印象的な貴宝殿に祀られているのは、縁結びの神、大国主大神。万霊がよみがえり、長寿が約束されるとあって、全国各地からの参拝者でにぎわっている。もうひとつの祭神は、切り開いた山自...
創建は古く、西暦673年と言われています。以来、舞鶴の歴史を見守ってきました。秋の例大祭では4年に一度、吉原の太刀振などを奉納。現在でも人々の信仰を多く集めています。
江戸時代に、代々幕府領の庄屋を務めた伊佐家の住居で、重要文化財に指定されている。享保19年(1734)に再建された主屋は、茅屋の厚さが特徴的でかつてあった巨椋池の茅で葺かれ、赤い壁は、今は入手で...