三室戸寺
宇治川の北に連なる山々の一峰、明星山の中腹にある三室戸寺は、奈良時代に開かれた古寺で、西国観音霊場十番札所。境内には江戸時代再建の本堂や阿弥陀三尊坐像(平安時代)を安置する阿弥陀堂、江戸時代建立...
宇治川の北に連なる山々の一峰、明星山の中腹にある三室戸寺は、奈良時代に開かれた古寺で、西国観音霊場十番札所。境内には江戸時代再建の本堂や阿弥陀三尊坐像(平安時代)を安置する阿弥陀堂、江戸時代建立...
古墳時代前期末に築造された墳丘長約201m、後円部の直径116.5m、高さ17.3m、前方部幅83m、高さ10.7mの前方後円墳で、日本海側最大の古墳。古代丹後の隆盛を物語る代表的な古墳の一つに...
明治から大正期に活躍した七宝家で、帝室技芸員・並河靖之(1845~1927)の旧邸を「並河靖之七宝記念館」として公開している。国内外の博覧会で数多く受賞し、評価を得た並河靖之が最後まで手放さなか...
愚中周及が開山した丹波随一の古刹で、古い歴史を刻み、静寂なたたずまいの中にも威厳を漂わせている。本堂は、昭和38年(1963)の再建で、江戸中期~後期建造の開山堂、薬師堂などが境内に昔のままひっ...
平安期創建の善入寺に始まる。境内には、室町幕府の二代将軍足利義詮と南朝の武将楠正行(正成の子)の両者の墓が並んで建っている。四季折々の花が咲く庭園は美しく、秋の紅葉は見事。
仁徳天皇時代(313年~299年)に現在の地より西方の西峰山頂に創建、宣化天皇元年(535)にこの地に移されたという。延暦12年(793)に大宝天王と朱智天王を同殿にあわせて祀られた。貞観11年...
「氏神牛頭天王造供神社牘之控」に、普賢寺郷の惣社牛頭天王社(現朱智神社)に遠く、打田村にも天王社を造営したとある。明治時代に須賀神社とあらためられた。府の登録文化財である本殿は、東に面した一間社...
三光国師(孤峰覚明)の開山による禅寺。 四季を通じて花を楽しむ事ができ、初秋には境内一面に萩の花が咲く。観音堂格天井は福知山城の舞殿に使用されていたと伝えられ百花百鳥が色鮮やかに描かれている。
「田原天皇(施基皇子)」は天智天皇の皇子で万葉歌人。伝承では宇治田原の高尾と荒木に館を構え、そこで亡くなったために陵墓が作られたという。天皇谷の入口、現在の大宮神社裏参道横に田原天皇社が祀られた...
現在の緑茶の礎となる「青製煎茶製法」を開発・普及させた永谷宗円は昭和29年(1954)、大神宮神社に「茶宗明神」として合祀された。「焙炉」跡が保存されている「永谷宗円生家」に隣接。春と秋に大祭が...
郷之口は宇治田原への西側の入口にあたり、かつては織田信長の命で山口甚介秀康が「山口城」を築城し、郷中の郷士層を集めて城下町を形成した。郷之口本町から隣接する贄田地区まで東西に「信楽街道」が横断し...
山城と近江の信楽を東西に結ぶ街道で、織田信長が明智光秀に討たれた「本能寺の変」勃発時に、堺にいた徳川家康が宇治田原を通り、領国三河へ逃れた。家康一行は郷之口にあった「山口城」や奥山田の「遍照院」...
創建は和銅2年(709)といわれ、衣食住の神を祀っている。また女性の守り神として婦人の参拝者が多い。毎年8月14日に行われる佐伯灯籠は、貞観5年(859)京都御所清涼殿より灯籠を賜って以来、五穀...
文化圏が奈良県に属していた南山城村には、今も奈良文化の影響を色濃く残した寺が残っている。春光寺もその一つで、本尊の木造薬師如来立像は、奈良様風の代表格、元興寺の木造薬師如来立像の系統を受け継いで...
府内最大の円墳で直径約70m。埋葬の祭礼が行われた造り出しを含めると、全長約80mに達する。由良川とその流域を見下ろす丘の上にあり、今からおよそ1,600年前(古墳時代中頃)由良川流域の王の墓と...
平安時代中期の創建と伝えられており、現在の社殿は天保5年(1834)再建の神明造り。祭神は誉田別命(応神天皇)と、息長足姫命を祭り、非公開だが平安時代の木造女神座像2体(重文)が残っている。
古墳時代中期に築造された全長128メートルの乙訓地域最大の前方後円墳。発掘調査で見つかった刀剣などの鉄製武器約700点が納められた武器類埋納施設は全国的にも珍しい。国指定史跡 乙訓古墳群のひとつ。
江戸時代に、代々幕府領の庄屋を務めた伊佐家の住居で、重要文化財に指定されている。享保19年(1734)に再建された主屋は、茅屋の厚さが特徴的でかつてあった巨椋池の茅で葺かれ、赤い壁は、今は入手で...
飛鳥時代から平安時代まで存続していた寺で、高句麗(朝鮮半島)からの渡来氏族狛氏の氏寺として創建されたと考えられている。伽藍は西に金堂、東に塔を持つ法起寺式の配置で寺域は一辺が約200mの規模であ...
浄土宗西山禅林寺派の寺院。比叡山延暦寺の開祖最澄の慈母妙徳夫人の菩提寺として、1200年の歴史を有する。また宗派を問わず、水子供養の寺として信仰を集めている。本尊の阿弥陀如来は平安時代末頃に作ら...
大根焚きは当面中止されます。 一般には12月9日、12月10日の大根焚きで知られている。これは建長4年(1252)冬、親鸞聖人が月輪寺から帰る途中ここへ立ち寄った際、村人が大根を煮てもてなしたの...
うっそうとした木々に覆われた境内は、真夏日もひんやりと空気が漂い、濃い緑陰をつくっている。本殿は貞享4年(1687)再建の春日造。境内には橘神社があり橘諸兄の末えいの橘正成をまつっている。隣接す...
昭和56年(1981)に発掘された古墳時代後期の古墳。石室からは、大小2対の龍が向かい合って玉をくわえた黄金の大刀や、様々な副葬品が出土し、重要文化財に指定されている。古墳は京都府指定史跡。
東寺塔頭。東寺の北大門、東側にあり、後宇多法皇の発願で創建された。桃山建築様式を色濃く残した国宝客殿には床の間と襖4枚にわたって描かれた水墨画があり、その鋭い筆使いは宮本武蔵によるものと伝えられ...