賀茂別雷神社(上賀茂神社)
古代、山城の豪族賀茂氏の氏神として知られ、京都では最も古い神社。正式には賀茂別雷神社。下鴨神社とともに総称して賀茂社と呼ぶ。神域には清らかな川が流れ、細殿前の二つの立砂は神の降臨された神山を模す...
古代、山城の豪族賀茂氏の氏神として知られ、京都では最も古い神社。正式には賀茂別雷神社。下鴨神社とともに総称して賀茂社と呼ぶ。神域には清らかな川が流れ、細殿前の二つの立砂は神の降臨された神山を模す...
哲学の道を少しはずれたところにあり、法然上人が念仏道場として開いたのがはじまり。現在の本堂は延宝8年(1680)に中興。苔むした茅葺きの門は、簡素にして典雅な雰囲気で、紅葉に溶け込む景色はまさに...
圓光寺は、徳川家康が国内教学の発展を図るため足利学校第9代学頭・三要元佶を招き、伏見に学校と木製活字を与え書籍を刊行した。現存する活字では日本最古のものであり、重文に指定されている。また、本堂前...
白河院は現在、日本私立学校振興・共済事業団の京都宿泊所となっている。庭園は東山を借景とし、琵琶湖疏水を引き入れた池泉回遊式の山水庭園で、作者は7代目小川治兵衛。(通称「植治」)築山や松の大木等を...
京都で唯一の鎌倉時代の庭園(池泉廻遊式)が有名。
醍醐天皇が生母の菩提を弔うために建てたのがはじまりと伝えられる。氷室池を中心とした庭園は、平安時代風の雅かな雰囲気。水面には赤や白の睡蓮が、また池辺には紫色のカキツバタが咲くなど、四季それぞれに...
大徳寺塔頭。キリシタン大名で知られる大友宗麟公の菩提寺で、方丈・唐門・表門は天文4年(1535)に建てられた当時のもので重要文化財。重森三玲氏作庭の庭や昭和初期に建てられた茶席を公開。「独坐庭」...
元亀2年(1571)に織田信長の意向を受け、細川藤孝により、その後の城郭の標準となる瓦・石垣・天主を備えた、先駆的な城郭として造り替えられたものです。 天正6年(1578)藤孝の子息、忠興と明智...
浄土宗の総本山。承安5年(1175)に浄土宗を開いた法然上人が吉水の草庵を結んだ念仏発祥の地。その後、徳川家康によって寺域が広げられた。古門の参道沿いには多くの塔頭が並ぶ。壮大な境内には国宝御影...
桂川西岸に立つ桂離宮は約6万9000平方メートルの敷地を誇る離宮庭園。元和元年(1615)に造営が開始され、完成したのは数十年後。庭園と建築の総合作品として名高い園内には、中央に池が設けられ、そ...
豊国神社は豊臣秀吉を祀っていたため、徳川幕府の時代には取り壊されていた社。今の社殿は明治13年(1880)に建立されたものだが、唐門だけは伏見城の遺構。境内奥には宝物館があり、太閤ゆかりの遺品な...
江戸中期・享保年間(1716~1736)創業の和菓子の老舗。茶房では「くずきり」やお抹茶をいただくことができます。この「くずきり」は昭和の初期、祇園に遊ぶ文人・墨客をはじめとして、通人・粋人とい...
794年の平安京造営の際に造られた禁苑。桓武天皇を初めとして歴代天皇が行幸され、舟遊び、放隼、釣りなどの宴遊や、詩会、相撲節会、重陽節会などの宮中行事が催された。812年には嵯峨天皇が史実に残る...
「智恵・学問・商才・厄除け」の神様、菅原道真公を祀る。京の台所錦市場を正面に見据え、新京極通に面した繁華街唯一の鎮守社。幻想的に灯る奉納提灯は圧巻。境内には、地下百尺より汲み上げている錦の水があ...
東海道五十三次の西の起点。現在の橋は、天正18年(1590)に豊臣秀吉の命で改築された木橋の面影を残しており、高欄の擬宝珠14個はその当時のもの。橋の全長は74m。橋上からは比叡山、北山、東山な...
楼門をくぐると、正面にある本殿には、酒造の神、子授け・安産の神など8神を祭る本殿がある。その右側には、またぐと赤ちゃんが授かるというまたげ石がある。(要祈祷)また、2月、3月には梅が、4月は八重...
西国三十三か所の第17番札所。本堂の背後に建つ文化財収蔵庫(令和館)には平清盛公坐像や念仏を称える口から六体の阿弥陀が現れたと言い伝えられる空也上人像など、美術史上重要な仏像が数多く安置されてい...
祇王寺は「平家物語」で知られる祇王が、平清盛の寵愛を失い、妹の祇女、母の刀自(とじ)とともに出家し、入寺したところといわれている。萱葺きの草庵には本尊大日如来と、祇王らの木像が安置されており、苔...
禅宗「黄檗宗」の大本山。江戸初期に渡来した中国僧隠元によって寛文元年(1661)に開創。境内には中国式の巨大な伽藍が建ち並び、異国情緒にあふれている。中国風精進料理「普茶(ふちゃ)料理」や唐韻で...
明暦元年(1655)から万治二年(1659)にかけて造られた山荘で、後水尾上皇自らが設計したと言われている。約54万平方メートルという広大な敷地にある上・中・下三つの離宮は、それぞれに趣向が凝ら...
三十三間堂の本坊。国宝のポルトガル国印度副王信書や庫裏、幕末の七卿落ちの舞台となった宸殿、本堂には重要文化財の普賢菩薩像が祀られる。
釈迦岳の山腹に建ち、西国三十三所観音霊場第20番の札所として知られている。応仁の乱で焼失した建物は、江戸時代に桂昌院によって再建。幹が北に11m(平成6年、松くい虫のため約15mを切り、現在11...
正式名称は「旧嵯峨御所大本山大覚寺」。平安時代に嵯峨天皇の離宮として造られた。諸堂が回廊で結ばれ、宸殿の襖には狩野山楽筆の「牡丹図」、「紅梅図」などが描かれている。春は桜、秋は紅葉と賑わい、中秋...
青蓮院は天台宗の京都五箇室門跡寺院の一つで、天明8年(1788)の大火により御所が炎上した際、後桜町上皇は御所として青蓮院に避難されたことから粟田御所ともよばれている。比叡山の東塔の青蓮坊が寺の...