単伝庵(らくがき寺)
臨済宗妙心寺派で、通称「らくがき寺」として知られている。山門を入った正面に大黒堂という御堂があり、この御堂の白い内壁に訪れた人々が大願成就を願い筆を入れる「落書き祈願」ができる。大黒堂再建に協力...
臨済宗妙心寺派で、通称「らくがき寺」として知られている。山門を入った正面に大黒堂という御堂があり、この御堂の白い内壁に訪れた人々が大願成就を願い筆を入れる「落書き祈願」ができる。大黒堂再建に協力...
三宝院は醍醐寺歴代座主の住坊で、玄関から表書院の間にある葵の間、秋草の間、勅使の間には、それぞれ石田幽汀作の「葵祭図」、長谷川一派の筆による「秋草図」「竹林花鳥図」がある。寝殿造りと書院造りを巧...
平安初期、このあたりに淳和天皇の離宮・淳和院(西院)があり、その鎮守社として奈良の春日大神を勧請したのが起こりといわれている。毎月1日、11日、15日のみ公開される「疱瘡(ほうそう)石」は平安時...
重要文化財にも指定されている、京都府庁旧本館。その一室、風情ある前庭を見渡せる南東角に、salon de 1904はオープンしました。建物の特徴である白壁と茶色の腰板、赤いカーペットはそのまま活...
島原の吉野太夫が寄進した吉野門で有名。境内には当時の豪商・灰屋紹益と吉野太夫との比翼塚がある。毎年4月第2日曜日には花供養が行われ、鷹峯三山を背景に繰り広げられる島原の太夫道中、太夫の点前による...
船山の南麓、木々におおわれた閑静な高台に立つ。承応2年(1653)、現本堂が南禅寺の金地院から移築。方丈は伏見城の遺構の血天井があり、伏見城の御成殿とよばれていた建物を本堂としている。方丈前庭の...
天平16年(744)に恭仁京が廃都。その大極殿は山城国分寺に施入の後、跡地は金堂として使用され、あわせて七重塔や境内鎮守社なども整えられた。そのため全国でも稀な二つの重要遺跡が複合することになる...
石台に乗り股の間からのぞく股のぞきで有名。股のぞき発祥の地ともいわれる。ケーブルカーまたはリフトで登る。天橋立が地上から天に右上がりにかかっているように見えるという美しさは何とも神秘的で、天橋立...
上賀茂神社の境外摂社で、参道東側には天然記念物の大田の沢カキツバタ群落がある。藤原俊成が歌に詠んでいることでも知られ、5月上旬ごろから濃い紫の花を咲かせはじめる。
「今昔物語」にも登場する金蔵寺が創建されたのは奈良時代。その後、一時荒廃していたが徳川綱吉の母の寄進によって建物が再興された。小塩山の中腹に開かれた境内には本堂や護摩堂などが建ち、見晴らし台から...
乃木希典を祀る神社。
応神天皇が祀られている。境内にある石燈籠は、重要文化財に指定されている。高さ2.5m、八角形の基礎の上に、宝珠の下を長く作って茸形になったこの灯ろうは、南北朝時代に作られた「丹後形燈籠」の代表的...
国道163号を木津川にそって登っていくと、和同開珎の鋳造跡がある。和同開珎は我が国の古い貨幣として知られ、直径25ミリ、和・同・開・珎の4文字が刻まれている。
天王山の山麓、宝積寺のすぐ下にある。中世末に当地の井尻長助が知恩院の徳誉光然を開山に招いて建立した浄土宗の寺。重要文化財に指定されている木造阿弥陀如来立像は鎌倉時代の作。厳かな雰囲気が漂う。
京都の「東寺口」から久世橋、向日市の中心街、長岡京市の神足、大山崎を経て「摂津」へ抜ける古い街道で、東海道・山陽道をつなぐ主要幹線道路。「山城名跡巡行志」という記録によると、京を出て最初の宿場「...
明治25年(1892)に綾部で開教した宗教法人「大本」。綾部・梅松苑には美しい神苑のほかに、20世紀最大級の木造建築「長生殿」、国の登録有形文化財「みろく殿」、国の重要文化財に指定されている古民...
与謝蕪村ゆかりの寺。蕪村が滞在時に描いた「方士求不死薬図六曲屏風」がある。麻呂子親王が創建したと伝えられており、本尊は薬師如来立像(町指定文化財)で親王の作。天皇の命をうけて大江山の鬼退治に向か...
重要文化財に指定されている十一面千手千眼観音立像をご本尊とし、天武天皇の時代に創建されたと伝えられている。古くは「山本の大寺」と栄え、民衆の信仰を集めた。予約をすれば住職による説法が楽しめる。
紅葉の名所として知られる寺。10月下旬から11月末までの間、食堂として建てられた客殿を特別公開する。なお、本堂は徳川5代将軍綱吉の生母、桂昌院の寄進により建てられた。
快慶作、宝冠阿弥陀如来坐像や土佐光起・光成の襖絵がある。
慶雲元年(704)開基という古刹で、西国第28番札所。本尊は、秘仏の聖観世音菩薩。本道への石段右手にある「撞かずの鐘」は、その音色に鐘を作る際に誤って命を落とした子供の泣き声がするため、鳴らされ...
平安時代の初め、この地に湧きでた香水が神社の名前の起こりとされ、地元では「ごこんさん」と呼ばれている。名水百選に選ばれている御香水の人気は高く、現在でも容器持参の人たちが大勢詰めかける。境内には...
天龍寺の東に建つ開山堂で、建武2年(1335)、後醍醐天皇が第2皇子・世良親王の菩提を弔うために建てられた。嵐山のにぎわいにもおかされず静寂さを保つ境内には枯山水の龍華三会の庭があり、その奥には...
本殿、庫裏、山門などに囲まれた境内は静かな緑陰につつまれ、禅味ゆたかな寺。寺伝では足利直義が足利基氏の娘のために建てたといい、また一説では足利尊氏が延文二年(1357)に夢窓国師を開山として創始...