駒岩の左馬
玉川の岸辺に座る数百トンもありそうな岩。その巨岩には、大きさ1mほどの左馬が刻まれており、道行く人を驚かせる。左馬は、女性の習いごと、裁縫や作法、生け花、舞踊を志す人の守り神として、古くから信仰...
玉川の岸辺に座る数百トンもありそうな岩。その巨岩には、大きさ1mほどの左馬が刻まれており、道行く人を驚かせる。左馬は、女性の習いごと、裁縫や作法、生け花、舞踊を志す人の守り神として、古くから信仰...
3世紀前半、卑弥呼の時代につくられた最古級の古墳。古墳は国の史跡、出土品は重要文化財に指定されており、腕輪形銅製品の「銅釧(どうくしろ)」は完形品で同じものがない貴重なもの(城陽市歴史民俗資料館...
小高い丘の上に築かれた、直径8mから最大15.5mの12基の古墳から成り立つ古墳群。平成元年(1989)8月に、一番大きな5号古墳から、全国でも貴重な人物埴輪(巫女埴輪)2体が発掘され、一躍脚光...
〈写経と法話〉写経会。おつとめ~法話~写経。〈護摩焚きと法話〉不動縁日。護摩焚き~法話。所要時間/約1時間〈写経〉随時実施。9時~15時所要時間/約1時間~1時間30分写経 毎日受付(1名~)
延暦寺の塔頭の一つ。京都の表鬼門にあたるので方除けの神として、また五十払い発祥のいわれより掛けよせの神として商売繁昌の信仰を集めている。紅葉の名所であり、11月中旬から下旬にかけての眺めは見事。...
天神社は、「延喜式神名帳(えんぎしきじんみょうちょう)」に記載されている式内社(しきないしゃ)である。明応2年(1493)に社殿が造営され、宮寺・中性院がおかれていた。しかし中性院は、明治維新の...
「橋木の観音さん」として親しまれている。養老元年(717)にインドの僧、善無畏三蔵が創建した古刹。桓武天皇より勅願を頂き、弘法大師より発信貴山の山号をつけられた。寺宝の千手観音(非公開)、宝篋印...
史跡長岡宮内裏内郭築地回廊跡の上に位置する歴史ある旧家で長岡京跡などの市内の歴史文化資源の案内解説などを楽しめる施設です。 明治43年に建築され、都市近郊の伝統的な形式を有した農家住宅として国の...
国の重要文化財指定の本殿は昭和56年(1981)10月に修復工事が完了し、極彩色の華麗な社殿に再現された。昭和63年(1988)に棟札とリスとブドウの精巧な彫刻が施された旧脇障子欄間が重要文化財...
京都の「東寺口」から久世橋、向日市の中心街、長岡京市の神足、大山崎を経て「摂津」へ抜ける古い街道で、東海道・山陽道をつなぐ主要幹線道路。「山城名跡巡行志」という記録によると、京を出て最初の宿場「...
社家とは、神官の屋敷のこと。明神川沿いに建ち並んでおり、家ごとに橋がかかっていて庭内に水を引き入れ曲水や池を作っている。周辺の地区は伝統的建造物群保存地区。
この地域最古の乙訓寺はかつて乙訓最大の寺院であり、聖徳太子が創建したと伝えられている。早良親王幽閉の地として有名。一時、空海が別当をつとめ、最澄と密教について法論を交えた舞台でもあった。毎年、春...
元々青龍寺として創建されたが、大干ばつ大飢饉の年に雨乞いの御祈祷をし、龍神に勝ち雨を降らせたことから現在の名前になった。「京都洛西観音霊場第十四番札所」、「ぼけ封じ近畿十楽観音第三番札所」である...
古墳時代中期に築造された全長128メートルの乙訓地域最大の前方後円墳。発掘調査で見つかった刀剣などの鉄製武器約700点が納められた武器類埋納施設は全国的にも珍しい。国指定史跡 乙訓古墳群のひとつ。
若狭富士の名で知られる青葉山の中腹に建つ松尾寺は西国三十三ヶ所第二十九番札所。国宝、普賢延命像(絵画)をはじめ、快慶作の阿弥陀如来坐像など多くの文化財を所蔵し、春・秋の各2ヶ月間、境内の宝物殿で...
舞鶴市が軍港の街へと変化していく中で、大正時代に東舞鶴地区にあった「水無月神社」、「蛭子神社」、「稲荷神社」の3つの神社が合祀されて創建されました。現在では神社の名前に由来し「両縁結び」、「人生...
奈良時代の天平4年(732)林聖上人の創建と伝える古刹。境内の菩提樹、百日紅、椿は三古木として有名。また、関西花の寺25か所霊場の第2札所になっており、4月初旬から中旬にはミツバツツジが観賞でき...
臨済宗妙心寺派で、通称「らくがき寺」として知られている。山門を入った正面に大黒堂という御堂があり、この御堂の白い内壁に訪れた人々が大願成就を願い筆を入れる「落書き祈願」ができる。大黒堂再建に協力...
「文博店」は、国の重要文化財「京都文化博物館別館」内に店舗を構えております。店内は、1906年に竣工された旧日本銀行京都支店の金庫室であり、重たげな照明や分厚い扉が金庫室の面影を物語ります。歴史...
天武天皇の時代に創建されたと伝えられている古寺で、ご本尊は数少ない国宝に指定されている十一面観世観音菩薩。境内は桜の名所として有名で、浮島のある庭とあいまって古寺の情緒を感じ取ることができる。〈...
泉涌寺の塔頭の一つで、参拝客にお茶の庭でお抹茶の接待をしている。
泉涌寺塔頭。本尊の阿弥陀如来坐像と二十五菩薩坐像はともに藤原時代の作。とくに菩薩像は弥陀来迎の歓喜の姿をしており、秋の二十五菩薩練供養(毎年10月第3日曜日)には多くの参拝者でにぎわう。また本堂...
1577年に明智光秀によって築城されました。1610年、岡部長盛の時代に城郭・城下町がほぼ完備されました。明治維新のあと廃城令により解体されましたが、現在の所有者である宗教法人大本の手により石垣...
俳人与謝蕪村ゆかりの寺。宝歴4年(1754)、蕪村は俳友の竹渓を訪ね、この寺で3年余を過ごして画筆に精進したといわれている。庭に「短夜や六里の松に更けたらず」と刻まれた大きな自然石の句碑や蕪村の...