比叡山延暦寺
京都と滋賀にまたがる比叡山延暦寺は、世界文化遺産に登録された天台宗の総本山で、山上は大きく東塔・西塔・横川の三地域に分かれており、百数十の伽藍がそれぞれの地域の本堂(中堂)を中心に広がっている。...
京都と滋賀にまたがる比叡山延暦寺は、世界文化遺産に登録された天台宗の総本山で、山上は大きく東塔・西塔・横川の三地域に分かれており、百数十の伽藍がそれぞれの地域の本堂(中堂)を中心に広がっている。...
老杉が茂り、巨大な杉の根が地面をはい、神秘的なムードが漂うなかに建つ奥の院魔王殿。650万年前に金星から飛来したともいわれている護法魔王尊を祭っている。 ※鞍馬寺へ訪れるなら、貴船神社へ抜ける散...
鴨川の水源地に位置し、天長6年(829)空海によって創建された。本尊不動明王は空海の直作といわれ、日本最古の不動明王像といわれている。境内は、豊かな自然の修行場であり来山者の心を癒してくれる。京...
三重県の伊勢神宮外宮の元宮になった神社。元々丹後地方に天下った農耕の神様で、雄略天皇の22年、神夢より伊勢山田原に迎えたのが伊勢宮外宮の始まりとされ、ここ豊受大神社はその元宮だと言われている。
宇多天皇が仁和4年(888)に創建、後に出家し、僧坊である御室を営み、後に地名となった。江戸時代に建立された二王門(重文)は京の三大門のひとつ。境内には金堂(国宝)、五重塔(重文)があり、御殿は...
正しくは、木嶋坐天照御魂神社(このしまにますあまてるみたまじんじゃ)といい、本殿東側に摂社の養蚕神社(こかいじんじゃ)があることから通称「蚕の社(かいこのやしろ)」とよばれており、渡来人の秦氏が...
奈良時代・天平神護2年(766)に稱徳天皇の開基により、山城国愛宕郡(やましろのくに おたぎごうり)に愛宕寺が東山の地に建立されました。本堂は鎌倉中期の建立で重要文化財。大正時代に奥嵯峨の地へ移...
古くから深草の産土神として信仰を集める藤森神社。本殿の後ろに並ぶ大将軍社と八幡宮社は足利義教の造営と伝えられ、どちらも流造り、檜皮葺きの社殿で重要文化財に指定されている。また本殿の東には、藤森神...
文久3年(1863)3月16日、八木家右門柱に松平肥後守御領新選組宿という表札が掲げられ、新選組が誕生した。幕末京都の治安を守った新選組があしかけ3年を過ごした壬生屯所時代。奥座敷の鴨居に残る刀...
二年坂は大同2年(807)にできたといわれる石段の坂で、清水から円山公園へと続く。石畳の坂道に格子戸の古い家並みが連なる情景は、まるで京都の縮図版のよう。昔ながらのお土産物屋など小さな店も多く、...
本堂の建築様式が六角宝形造であることから六角堂と呼ばれているが、正式には紫雲山頂法寺といい、聖徳太子ゆかりの寺。境内には真ん中がくぼんだ「へそ石」と呼ばれる石があり、その位置が京の中心といわれる...
静かな山間にある寂光院は天台宗の尼寺で、平清盛の娘・建礼門院が隠棲した寺として知られる。境内には「平家物語」にちなんだ庭園や建礼門院ゆかりの史跡などがある。現在の本堂及び本尊は平成17年(200...
西国三十三か所の第17番札所。本堂の背後に建つ文化財収蔵庫(令和館)には平清盛公坐像や念仏を称える口から六体の阿弥陀が現れたと言い伝えられる空也上人像など、美術史上重要な仏像が数多く安置されてい...
四条通から北に一筋入った通りで、寺町から高倉まで約400mの間に錦市場がある。「錦に来てそろわへん食べ物は1個もあらへん」という京都人の言葉通り、魚・肉・乾物・惣菜・湯葉・漬物・京野菜などの店が...
正式には六六山詩仙堂丈山寺といい、寛永18年(1641)丈山隠棲のため詩仙堂を建立、終の棲家と定めた草庵。三十六歌仙にならい中国歴代の詩人36人を選び三十六詩仙とし、狩野探幽・尚信に肖像を描かせ...
授与所で授かった祈念神石に心中で願い事を込めれば、商売繁盛、金運、良縁などに霊験あらたかという神石祈願が伝えられている。成就すれば、お礼に別の石を添えて返納するならわしで、拝殿前には奉納・返納さ...
枯山水庭園。邸宅は吉田神社旧社家で、木造平屋建ての書院は国の登録文化財となっている。庭園は15畳の座敷からの眺めを意識し、重森本人が設計したもので、立たせた石を重なるように配し、力強いイメージの...
大原の里に荘厳なたたずまいを見せる三千院は、最澄が比叡山延暦寺東塔南谷に草庵を結んだ事に始まる。境内には、優美な国宝阿弥陀三尊を祀る入母屋造柿葺(いりもやづくりこけらぶき)の往生極楽院が建つ。あ...
江戸中期・享保年間(1716~1736)創業の和菓子の老舗。茶房では「くずきり」やお抹茶をいただくことができます。この「くずきり」は昭和の初期、祇園に遊ぶ文人・墨客をはじめとして、通人・粋人とい...
明治維新の立役者、坂本龍馬が身を寄せた船宿。文久2年(1862)4月23日討幕急進派がこの寺田屋に結集し決起を企てた「寺田屋騒動」は有名。鳥羽伏見の戦いで罹災しており、現在の建物はその後再建され...
大山崎のシンボルである天王山は、標高は270.4m。淀川をはさんで男山と向かい合い、京都盆地から大阪平野への出口の門のような地形。戦国時代には軍事的にも経済的にも重要なポイントで、山崎合戦に勝利...
京都御所は、明治2年(1869)の東京遷都まで皇居として使われていた。築地塀をめぐらした御所内には、紫宸殿をはじめ、清涼殿や小御所などがあり、王朝時代をほうふつさせる雅かな面影を十分にとどめている。
重要文化財の本殿は、江戸時代初めの慶長9(1604)年の建築。檜皮葺の屋根をもつ三間社流造で、神社建築では市内で最も大きい。旧富野・長池集落の産土神。令和5(2023)年に修理が完成し、かつての...
妙心寺の塔頭の一つ。方丈は重要文化財指定建築である。方丈庭園(枯山水)の「元信(もとのぶ)の庭」は史跡名勝の指定を受けている。また、池泉回遊式庭園で昭和の名庭といわれる「余香苑(よこうえん)」庭...