金唐革・ステンドグラス工房「チェリ デザイン」
異人館を思わせる三階建ての洋館は、世界的にも数少ない「金唐革(きんからかわ)」作家徳力康乃さんの工房兼ギャラリーで、金唐革やガラス作品の見学及び販売を行っている。また、ステンドグラスのアクセサリ...
異人館を思わせる三階建ての洋館は、世界的にも数少ない「金唐革(きんからかわ)」作家徳力康乃さんの工房兼ギャラリーで、金唐革やガラス作品の見学及び販売を行っている。また、ステンドグラスのアクセサリ...
清水寺の塔頭、泰産寺にある子安塔。三重塔で安産守護の千手観音像を安置している。ここは谷越しに清水寺の全景が見渡せる格好のビューポイントで、伽藍が一列に並んで見える。 ※ご利益:安産
国の登録有形文化財の順正書院や清雅な庭園を眺めながら、ゆどうふや引き上げゆばに舌鼓。
表千家・裏千家の家元に向かい合う閑静な地に建つ、日蓮宗の本山のひとつ。本阿弥光悦の菩提寺であり、長谷川等伯の縁のお寺。見どころは、書院前にある光悦作の国の指定名称「巴の庭」。桃山時代風の豪放な庭...
元禄2年(1689)創業 京麸・京ゆばのお店。本店ではなま麸や定番の麸まんじゅう(笹巻麸)のほか、やき麸・ゆば等を販売しております。建物3階のCafeふふふあんでは、お麸やゆばを使用したランチや...
古墳時代前期末に築造された墳丘長約201m、後円部の直径116.5m、高さ17.3m、前方部幅83m、高さ10.7mの前方後円墳で、日本海側最大の古墳。古代丹後の隆盛を物語る代表的な古墳の一つに...
貞観元年(859)の創建。奈良大安寺の僧行教が宇佐八幡神を勧請したのが始まり。嵯峨天皇の離宮があったところから、この名がつけられた。中世には商業組織の「座」の中でも最大の「油座」の本拠地がおかれ...
観光案内、各種パンフレットの配布、土産品の販売、レンタサイクル、手荷物預り〈運営〉海の京都DMO/舞鶴観光協会
天井が開閉する全天候型の市民プール。25mプール×7コースと深さ60センチメートルの幼児用プール、更衣室、観覧席、採暖室が整備、また水温は30度に保たれている。また、子供から大人までの水泳教室を...
築120年の京町家民宿。テレビ、電話もなく、全館禁煙。1日2組6名までの小さな宿。二条城に程近く、朝ごはんのみを提供する。(一泊朝食型の民宿)
江戸時代に、代々幕府領の庄屋を務めた伊佐家の住居で、重要文化財に指定されている。享保19年(1734)に建てられた母屋は、茅屋の屋根の厚さが特徴的でかつてあった巨椋池の茅で葺かれ、赤い壁は、今は...
定員40名
築100年以上の数寄屋造りの町家の総檜の階段、天井、柱、全てを洗いにかけて再生。1階の部屋は、ヒノキのサビ丸太、あじろの船底天井、萩のかき込み天井等、小さいながらも贅を尽くした町家。京野菜を使っ...
「茶源郷」和束でお茶を飲むならここ。30軒以上の茶農家が、自農園で自家加工したこだわりのお茶を楽しめる。和束茶の直売の他、お茶を使ったお菓子や佃煮も好評。夏には、抹茶や玄米茶などのシロップを使用...
自然の恵み豊かな奥京都の里山、大呂には豊かな緑と近くを流れる小川があり、子供たちがソトアソビに夢中になれる場がたくさんあります。バーベキューやアウトドアを満喫した後は、ゆっくりお部屋で寛げるのも...
湯葉や豆腐などが入った京都らしい丼から京都中央卸市場直送の海鮮を使用した華やかな海鮮丼、こだわりの出し巻きなどのサイドメニューもお楽しみいただけます。
古都の風情を残す祇園に位置し、付近に建造物群保存地区 八坂神社、知恩院、清水寺、平安神宮など有り。観光に至便。また、四条通り、河原町通りも近く買い物などにも便利。2020年7月にリニューアルしま...
丹波一の宮で、祭神の三穂津姫命が天照大神から大国主命の妃神として遣わされたため、縁結びの神として有名。現在の本殿は足利尊氏によるものといわれ、重要文化財に指定されている。毎年4月18日に奉納され...
「丹後天橋立大江山国定公園」の指定を受けた大江山の奇岩と清流、その季節に折りなす風景はまさに別世界、特に、紅葉の時期はすばらしい。一帯には鬼の足跡、頼光の腰掛け岩、鬼飛岩など大江山酒呑童子伝説に...
賀茂氏族の祖神として崇神天皇御世(前97年~前30年)の創祀と伝わる。当社は京都・下鴨神社(賀茂御祖神社)の元宮で延喜式内社の古社である。祭神は八咫烏が化身の賀茂建角身命(かもたけつぬみのみこと...
音楽、演劇、芸能、映画等の上演、上映。乙訓地域の文化振興の拠点。定員/ホール 1,000名
町民の総合運動公園として、京都国体を記念して整備された。園内には、町民体育館・町民グラウンド・テニスコート場・若者センター(会議場)・多目的広場などがあり、昼夜ともにスポーツやレクリエーションを...
“さしていく笠置の山をいでしより 天が下にはかくれがもなし”(太平記)武家政治を打破し、天皇政治をとり戻す策略が発覚した後醍醐天皇が、逃れようとする途中に大きな松の下で休まれ、そのときに詠じられ...
二の丸庭園は寛永3年(1626 家光時代)の後水尾天皇行幸の際に築造された。後水尾天皇行幸時は、二の丸御殿(国宝)大広間、二の丸御殿黒書院、行幸のために建てられた行幸御殿等の四方向から鑑賞できる...